こうしてここに記すことは久しぶりである
以前の記録は、全て消した。消したかった、というよりも、それはもう、僕にとっては過ぎたことで
当時書き記すことに意味があった。
振り返るという意味合いももちろんあったけれども、あるときにそれはもう残さなくていいのだと思えた
それが消した理由。いや、正直に言えば、開陳する内容でなかった。よしんば書き残しても、それはその当時、ここをなぜだか一緒に見にきてくれていた人がその場で共有してくれていればよかった
いつの頃からかは定かで無いけれど、あるお方とメッセージのやり取りをして、僕のことを一言評してくださったのを覚えている
「こんなに(苦しさに)のたうち回る人っていない」
そんな風におっしゃっていたと記憶する。言外に、そこまで苦しまなくてもいいのではない?と安否を気遣ってくださっていたような気がして、そればかり覚えている
後になって、苦笑いと共にそれを自ら実感するようになって、納得した
当時、夢中になって書き記したことは、そうせざるを得なかったから
今はどうか
おそらく、見えない何かと向き合って、この人は毎日を生きているんだろうな、と周りの人は感じているのだろう
あるいは、この人は何にも考えていないのではないか、などと思われているかもしれない
さらには、全く意味不明で理解もできません、とまで思われているかもしれぬ
どれもその通り。
だけど、僕なりに歩みは止めていなくて、それは全く、側から見たら進んでいるようには見えないのだと思う
自身ですら、停滞しているのではないか、逆流の中を無理やり進んでいるのではないかと思い悩むことも多い
この数年間、何も発言してこなかった
この数年間、身近であった友達とも距離が開いた
喋ることよりも、ほとんど黙することが僕の生活の大半になった