合成の怪物。人工の怪物。つぎはぎだらけの怪物。
人間が、生命を作ると、こうなる。そういうことだ。
人間が、人間を作る、と言っている。二十一世紀は、人間創造の世紀だと。どこかで、未熟は、働くだろうか?
もちろん、クローンを作るわけではない。そんな逸脱変換はいらない。それは、内面的なものだ。優れた、雄が、優れた雄を作り、優れた雌が、優れた雌を作る。
人間は、完成したか?
簡単に激怒し、簡単に欲に堕ち、簡単に堕落する。
いや、良心的に、節制をし、自分を律して生きている。そんな人も、中にはいるだろう。けれど、その人には、人の未来が見えているか? 人が今後、どうなっていくか? どうなっていくべきか? が見えているか? はまた違う。
おそらく、人の可能性さえ、知らない人が、ほとんど、だろう。人は、どこまでも気高く、なれる、と言っても、ピンと来ないだろう。それが普通だ。今までの教科書には、そればかりが載っている。
だから、こそ、ここへ来た。人が、キメラになる時代。自分で、自分を合成する時代。果たして、どこまで、気品高く、美しい、生命になれるだろう? 人を愛し、愛される、生命になるだろう? 作りものじゃない人間は、自分の足で、歩き出す。
ただ、楽しめばいいだけだ。そんなに、苦悩深く、悩むことじゃない。人が人を作れる、と言うことが、楽しければいいだけだ。人間の完成が、悪意であるはずがない。そんなの、誰もが思っていることだ。素直に、そこに向かうだけの、冒険記だ。
人間は、面白い、十分、分かったことだ。だから、十分に楽しむ。
人間を、深く、考えようじゃないか? 苦痛じゃない、悩みで、悩もうじゃないか? ただ、物が動くだけの物体から、自らの意志で、物を作れる生命へ。
物を語り、物を伝え、人を愛す、に沈む。喜びの源に達し、人を楽しませることが一番楽しいことだ、と知る。
ハッピーエンドを越えた向こうに、何があるだろう? そこまで、行ってみようじゃないか?