先日のニュースで、札幌市の永代供養をうたい文句にしていた「納骨堂」が破綻し
建物不動産が差し押さえになり、利用者(遺族)に遺骨の引取りを要請した。1,000体の遺骨はどうなるのだろう?
以前のブログでも書いたのだが、納骨堂はお墓ではない。
遺骨版のコインロッカー的な、遺骨の仮置き場にすぎない。
お墓=あの世への唯一の入り口であり
土でなければ、(亡くなった人は)自然に戻ることはできない。
今のお墓は、石で囲まれて尚且つ、遺骨が骨壺に入っている
これではいつまでたっても上に上がることはできない。
それが、コインロッカーのような所に遺骨があることは遺族にとってもいい方向へ向かうはずがない。
墓であればある程度の土地が必要で、埋まってしまえば増やせない。納骨堂であれば、マンションのように建蔽率一杯にビルを建てて、たくさんの遺骨を受け入れることができ、増やすこともできる。どうもビジネス優先な感が否めない。
実際、他にも破産したり、経営母体が変わったりしていることも多いようだ。
永代供養をうたい文句にしているが、民間墓地もそうだが、納骨堂も無くなってしまえば、永代どころではない。
お坊さんがたまにお経をあげることが、供養になるのだろうか?
亡くなった人が、すぐに上がれる人もいれば、自分では上がれない人のほうが圧倒的に多く、人は無くなっても無にはならない。
遺族の無くなった先祖に手を合わし、感謝を捧げることで
先祖が上に上がるのを手助けする。
上に上がった先祖は、子孫を見守り逆に手助けする。
年取ってから、お墓のことを考えたのでは遅い。
墓相学の墓は子孫を要求する、お墓を守る存在が出来て
”家”がつながっていく、これこそが永代供養だと思う。
分家で自分が、所帯を持ったらすぐにでもお墓のことを考えなくてはならない。