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幸せになる、お墓について考える(最強の開運法!墓相学)

お墓について、最近、散骨や樹木葬、合同葬、納骨堂などがTVなどで紹介されていますが、
家相や手相なんかは気にする人がいますがなぜ墓相が注目されないのか?
最強の開運法の一つ、墓相学を知ってほしいと思います。
パワースポット、神社参りも紹介していきます。

以前お墓の四大原則を紹介した中に


「写経したものを墓に入れる」というものを紹介した。


昨日先祖の50回忌法要の時に、母親が書いた写経

をお墓に収めた。


母親は、遠方という事もあり、どうしても外せない用事とも重なり

今回の法要は来ることが出来なかった。


しかしかねてより準備していた写経を父親に託したのだ。


「般若心経」を半紙に書いたものを”108枚”


108枚は一人でなくて家族みんなで手分けして書いてもいい。


子供が何文字か書くだけでもいい。


ただし、108枚になったらただちに墓に入れなくてはならない。


親と息子夫婦など離れて書いている場合、

108枚に近づいた時に確認しあいながら完成させなくてはならない。


108枚になってからそのままにいていると

先祖が「早く使うように」要求するので良くない。


今回は108枚目の最後の二文字を完成させないで

持ってきて墓前で私の二人の息子に1文字ずつ書かせて

108枚の写経を完成させてお墓に収めた。


墓相学の墓は表面が土なのでスコップで少し掘って

写経をビニール袋などに入れないでそのまま納めて土を戻した


半紙は水にも溶けるので時間がたてば土に戻る。


そうすることで3年は(家運UP)効果が持続する。


昔の話だが、(前の墓)祖母の納骨の時に

墓の中を見た時に、祖母が書いたと思われる

写経を見たことがあった。その時はあまり気にしなかったが

祖父が亡くなった後に家のことを心配して祖母が書いて

納めたものだろう。


後々墓相学についてご指導いただいた方から

写経について教わった。


1日中書いて私で7~8枚(1枚1時間半)ぐらいかかる。

家族で手分けして、何日にも分けて書けばいい。


ちなみに私は、パワースポットで汲んできた水(聖水)と

そこでお祓いしてもらった御神酒をすずりで墨を磨って

いただいた見本を下敷きにして書いている。


家に心配事がある時や、家運をアップさせたい時に

準備してみよう。


次回、写経を使った厄除けについて紹介します。


以前、50回忌が重要だという投稿をさせていたのだが


かねてより準備していた法要を本日行う事が出来た。


実際には50年ではなく没後95年以上の方も含む3名

を供養させていただいた。


もちろんその方たち(先祖)がいるからこそ

一生懸命生きて社会的使命を果たしてきたからこそ

我々が今の社会に生き、生活できているのである。


その人たちから見て、没後100年に子孫がいるという事は

もちろんその方は想像もしない事だろうが、

ある意味、お祝いに値するのが「50回忌の法要」なのだ


もちろん戒名ぐらいしか自分もその方達の事はわからない。


写真なども無く顔も知らない、

しかし自分の先祖であることにはかわりなく

関係ないという事ではない。


今は核家族化が進んで結婚すらままならない。


年に一度会うか会わないかの祖父母、

しかも今は寿命が延びて女性の平均寿命が90歳近くになっている。


高齢で亡くなっている場合、子供も高齢で13回忌などもままならない


縦のつながりが希薄になってしまいがち

の世の中になってしまったが、しっかりと

家系をたどり、自分のルーツを知るということは

大切なことだ、そして子孫が繁栄することを願わなくてはならない。


墓相学では先祖代々(50回忌の済んだ人)を五輪塔で祀り


夫婦墓で祀るのだがどちらかの人が50回忌をするときに

夫婦二人一緒に50回忌を行い五輪塔に入ってもらいます。


自分の先祖の供養がしっかり行われているか?

確認する必要があるだろう。

最近、お墓はいらないと言う考え、葬儀しない直葬などが

増えていると感じる。


それは、あまりにも核家族化が進み、

縦のつながりが希薄になりすぎて自己中心的な考えとなっている。


今の仏教の価格の不透明さと高額なので墓離れ、葬儀不要論に

つながっているように思う。


アマゾンの商品で「お坊さん便」というものが最近好評で

明瞭会計(\35,000~)で読経してくれるお坊さんが来てくれる

サービスで戒名をつけてくれたり、墓と仏壇の2か所で読経してくれるサービスもある。


金儲け主義の仏教界は反対の立場を表明し販売停止をアマゾンに申し入れしているそうです。


そういう意味では時代の変化に対応した画期的ないいサービスだと思う。


お坊さんも、家族もいれば生活もあり、寺院などの不動産の維持

など普通のサラリーマンよりもはるかにお金がかかるとも思う。


もちろんお金の有る方や、無くても払いたい人は

檀家に入り高額なお布施をしてもいいだろう。


価値観の違いは致し方無いもので、どちらかが一方的に

押し付けるものでもないと思う。


逆にお試しに(入り口として)定額のサービスで

読経や戒名をつけてもらいお付き合いを始めるきっかけにしたり。


普通であればしない人にも、仏教サービスを提供するべきだと思う。


アマゾンなので、購入者が評価しているのだが

多くの人が高評価だというのが見てわかる。


お墓はいらない、戒名はいらない、葬式はいらない

などといわないで、お坊さんとも御縁を持っていただきたい。


最初のころにブログに書いたように

私は、墓石屋でもないし、お墓に関することを

仕事にしているわけではない。


昨日、私の本業(仕事)の大きな取引があり

取引先の会長(70歳以上)の方とお会いした。


昼にその取引の手続きなどした後に、

夕方から車で1時間以内にあるその会長様の

御用達の温泉旅館で懇親会に招待された。


その方は、次男坊で親も将来を心配するぐらい

やんちゃだったそうで、中学校を卒業と同時に遠くに

丁稚に出て大変なご苦労の末に自分で商売をはじめ

今は100億円以上の年商の会社をはじめ

複数の会社を一代で築き上げてきた方で

昨年第一線から退き後継者に社長を譲られたそうだ。


会長様との夕食の際に

最初に話されていたことが、仕事の話でも、ゴルフの話でもなく

「先祖供養を大切にしなさい」という事だった。


会長様とは親と子供ぐらい年齢が離れていて

経営者としてまだまだ足元にも及ばない私に

教えるように話された。


大きな墓を建てられたそうだ、25坪の広さに

墓というよりも人が入れる納骨堂のような

100ぐらいの遺骨をおさめることができる

一族の墓である。


見たわけではなくそれが墓相とどうかは別にして

今は離れたところで商売されているのだが

生まれた地元に先祖の墓を建てる。


先祖あっての自分、商売という事で

自分一人の力だけでなく先祖に助けられていると話され

本当に先祖に感謝されていた。


もちろん神棚もあり

大変貴重なものを祀られて

毎日仕事の前に手を合わしていると話されていた。


商談などでいろいろな会社に訪問することがあるが

一代で築き上げたような繁盛している会社には

必ず神棚があったり、敷地内に御社があったりする。


今日は、ゴルフをご一緒させていただいたのだが

パターは10年前120万したそうで今はオークションでは300万

だそうだ、3000万するベンツに乗って帰られた。


無一文で丁稚に出てそこまでの成功をおさめられたのも

その方の先祖の後押しがあってのことだと思う。



私の周りにも同じように「墓相学の墓」をされた方が

おられます。


毎年、元旦にはその方達と初詣として

5か所のパワースポットの神社を参拝している。


その中に、田舎の地方都市の駅前商店街の近くで

御商売をされている方がおられるのだが

お墓の費用を捻出した話をされていた。


昔は、駅にも近い商店街で、

交通量も多い道にも面して

従業員も何人も使ってご商売されていた。


町の中心にあり、会社や商店、住宅なども多く

ご商売は繁盛していた。


しかしバブル崩壊後

郊外などに大型店が出来たり

大きな道路が他にもできたりして

駅近くの商店街は、閉店が増えて

人通りもまばらになってしまった。


正直その方も、お墓を整備する必要は

感じていたものの、費用の捻出が心配の種だった。


借入して建てることを予定していた。


そうしていると、テレビの有名番組「なんでも鑑定団」が

町にやってくることが決まり、知人の関係者の方から

「お宝」が無いか?との話があった。


その方は、仏壇の引き出しに珍しい”楽器”があるのを思い出した。


息子の方が、TV局に手紙を書いて写真ともに同番組に以前送っていた。


知人の関係者を通じて連絡したところ


TV局の方で、二人からの情報が入り、間違いないという事になり、

絵画や、壺や焼物ではなく”楽器”という珍しさもあって


地元開催の時ではなく、東京のTV局に呼ばれて

そのお宝を鑑定してもらうことになった。


本人たちは価値がよくわからず、

せっかくなのでという事で本人評価「100万円」

として鑑定してもらったところ・・・


・・・・・・・・


・・・・・・・・


「150万円」の評価額が出た。

本人たちはびっくりの結果だった。


しかし鑑定結果が出ても、現金が手に入るわけではない。


その番組を見ていた1000km以上離れたところに住んでいる

人から「譲ってほしい」のと申し入れがあった。


わざわざ見に来られ、熱烈にラブコールをもらった。


結局、150万円ではゴロが良くないと向こうの方が

更に上乗せして現金を持参して2回目の訪問で

譲ることができた。


その方のところでは、おそらく仏壇の引き出しに入ったままになっていたでしょうけでも、引き取った方のところで大切にされ多くの人たちの目にも触れることになるだろと話されていた。


結局、そのお金でお墓の費用がまかなえた形になった。


その方は(ご主人)、13人兄弟だそうだが

一番下のご主人が墓を継承することになったのだが

その方の仏壇だけにその楽器が入っていた。


おそらく手品のように先祖が、墓を整備するのを期待して

あらかじめ残しておいて、ちょうどのタイミングで

出てくるようになっていて、スポンサーのような

買手も現れてお墓の費用を準備してくれたとしてしか考えられない。


先祖からのプレゼントである。


「墓相学」の墓では、整備しようと決めてから

色々と不思議なことが起こる。


無いと思っていた墓地が急に空きが出来て見つかったり、

タイミングよく墓地の募集が始まったり。


家のすぐ近くの墓地の駐車場が急に墓地に造成が決まったり、

そういったことがよくある。


もう一人の人は、めったに咲かない「月下美人」がお墓の横で

開眼法要(お墓開き)の朝にきれいに咲いていたそうだ。


私の場合も、両親が身内に昔、貸していたお金が

道路工事の立ち退きによる補償金により、あきらめていたのに

戻ってきた。タイミングよくである。


「墓相学」の墓は”上”(先祖)も嬉しいので一緒に

実現に向けて協力してくれる。




正月に初詣の時に

古いお神札を持っていき


新しいお神札をいただいてきます。


お神札には、大きく分けて2種類あるのはご存じだと思う。


全ての神社ではないかもしれないが


「天照皇大神宮」(天照大御神)が多くの神社に

置いてある。


伊勢神宮(内宮)のお神札で

「神宮大麻」「お伊勢さま」などと呼ばれて

広く親しまれている。


後は、その神社のお神札である。


基本的にはその2種類が必要だ。


お神札をいただいて帰ったら

神棚にまつるのだが


真ん中に「天照皇大神宮」


右側に地元の「氏神様」のお神札

左側には「崇敬する神社」のお神札


を並べてまつります。


狭かったりして重ねる場合


上から

「天照皇大神宮」

「氏神神社」

「崇敬神社」


に重ねてまつります。


榊(さかき)、水、お酒、米、塩、お供えの物


などを供え


神社でするように

二拝、二拍手、一礼(私は三拝、四拍手、一礼)


してお参りしましょう。



以前にお墓の表面が”土”である必要があることについては

書いたことがあります。


現代のお墓は、コンクリートの基礎があり、石張りやコンクリート

砂利敷きとなっています。


これでは亡くなった人が自然に戻ることができません。


しかし、土(真砂土)にもデメリットがあります。


雨などで表面の土が流されたり、洗われてざらざらとした小石が

表面を覆うようになります。砂利は墓相学ではあまりよくありません。


土なので雑草が生えたり、苔も発生します。


時々、動物の足跡があったりもします。


今日、表面の土を入れ替えていただきました。


お墓の工事をお願いした方が、近県での仕事に合わせて

本当に遠方にもかかわらずお越しいただき手入れいただきました。


戒名も”色”を入れていただき本当にお墓を建てたときのように

きれいに蘇りました。


写真にある白いものは”塩”です。


もちろんお清めの塩ですが、除草の効果もあります。

実際、ほとんど雑草は生えません。


生えたとしても、墓参りの際に小さくてもすぐにわかるので

取り除いてしまいます。


塩は墓石には良くありませんので、土の部分だけです。


お墓がきれいにリフレッシュして

年末だけに、大掃除が完了したような感じで

気持ちよく先祖と新年を迎えられそうです。


私のブログが、「幸せになる~」というタイトルをつけているので


お墓から少し話がずれるが、「幸せ」と「不幸」について考えてみた。


新聞のコラムや、テレビなどで最近よく「貧困」について良く目にする。

アベノミクスや円安の影響で大手輸出関連企業など業績が好調である一方、生活保護受給者が増加の一途をたどり、子供の貧困も6人に一人だとか言われている。


例えば、父親の暴力やギャンブルなどの借金の為に幼くして

母親と家を出なくてはならず、学校にもなかなか行けず

引きこもり状態になり社会ともかかわりなども薄いものになってしまう。


両親の再婚により居場所が無くなり、家出をして

不良になってしまったり、犯罪に手を染めるようになってしまったり。


そういった新聞のコラムを最近目にした。


その中で、登場人物の人が、今は立ち直り社会の一員として

スタートを切っているのだが、苦しいときに皆が同じようなことを

思っていたことを感じた。


「生まれてこなかったらよかった。」

「自分なんていないほうがいい。(生きている価値が無い)」

「孤独で誰も自分を認めてくれない。」


そして、両親などを「恨んでいる」ところに共通点がある。


意味なく生まれてくる人などいない、

誰でも役割を背負って生まれてくる。


それをちゃんと果たして死んでいくか?

果たさずに(気づかずに)死んでいくか?

大きな差となって現れる。


もちろん前者が幸せな人という事になるのだ。


新聞のコラムに出ていた人も

幼いころに苦労して死にたいとも思っていたが

今は子供も出来て、「自分の子供には同じ様な思いをさせたくない」

と前向きになっていて一生懸命生きていると紹介されていた。


回りくどくなってしまったが

不幸な人の共通点は「恨んでいる」ことである。

対象は、社会であったり、肉親であったり、色々である。

そして、考えが”後ろ向き”である。


逆に成功している人や、スポーツ界で活躍する多くの人などは

「感謝する気持ちを持っている」という事だ。


成功したから、結果を残したから「感謝」しているのではなく

元々「感謝」していた人が多い。


もちろん、先祖にも感謝している。

それを表すのが、「墓参り」であり「供養」なのである。


トップアスリートが、肉親が亡くなった後に

試合などで活躍してインタビューなどで

「自分一人の力では無いように思う」といったようなことを

良く話している。もちろんモチベーションなど

あるかもしれないかもしれないが、”上”の力が作用しているのかもしれない。


これはトップアスリートに限った話ではない。


考え方を変えない限り、運も好転しないのである。

今から25年以上前の話だが

私が、社会人になって間もないぐらいに

曽祖父の50回忌の法要をした。


祖母、父や伯父伯母たちが中心となって法要をしたのだが

いつも付き合いのある親戚だけでなく

初めて会う遠い親戚や、自分が行ったことのないような

遠いところで生活し成功している親戚も多数参加した。


法要が終わり、お坊さんが

「本当に50回忌ができることは珍しく、喜ばしく

素晴らしいことです」というようなことを

話していたと思う。


私はもちろんの事、父ですらその曾祖父の事は

知らないのである。


少なくとも没後50年以上わが家は絶家せずに

続いているという事である。


法要とともにある意味、お祝いであると言える。


先日、墓相や供養について相談する相手の人が

ご兄弟お二人が幼くして亡くなっていて

戸籍上は次男で長男と三男の方が亡くなっているという。


そのお二人の50回忌を行ったというのだ。


普段その方は、墓仏壇を含めしっかりと供養されている。


50年以上たっているのだが、今までしていなかったので

という事である。


亡くなった方に「50年経っているのですよ」と

教えてあげることは非常に重要だと話されていた。


墓相学では50回忌は済んだら、夫婦墓から

五輪塔に入るタイミングの重要な法要であり

ある意味、納骨と同じぐらい重要だ。


私も父と一緒にもう一度過去帳や昔のお寺に確認して

来年にもまだ50回忌していない先祖の法要をしたいと思う。

もう、1週間ぐらい前だろうか?


NHKのニュースか何かの中で

「お墓」の最新事情について報じられていた。


まずは、生前仲の良かった友達とともに

墓に入る”墓友”である。


生前どんなに仲が良かろうが

墓は別物である。


先祖の待つ墓に夫婦で入るほかないのである。


孤独で誰も墓の面倒が見れないのであれば

合祀墓に入るしかないのである。


結局、そういった間違ったことをすると

子孫に影響する。


”両家墓”も紹介されていた。


妻の家がそのままだと絶家となってしまうのかどうかは

わからないが、墓石に両方の家の名前が彫られていた。


基本的には、直系のみ入るのが「墓相学」のルール


妻も嫁げばその家の人になる

実家は墓の場合関係が無くなるのである。

(もちろん墓参りなど否定するつもりはないが

入るであるとか、管理するのは別問題)


本来祀るべきでない人が入るのは良くない。


後、衝撃を受けたのは

「某有名大学の柔道部OBの墓」というもの

大学名は忘れたが、誰もが知っている有名大学だった。


インタビューを受けている人は

「同じ釜で、寝食を共に裸の付き合いをした気心の知れた人と一緒に墓に入りたい。その方が安心する」とのこと。


その大学のクラブOBだと誰でも入れるという。


条件を限定した納骨堂のようなものだと思うが

墓友と同じだが、子孫がある人は、影響があると思う。


コメンテーターは、

「核家族化が進み、縦のつながりが希薄になり

お墓も横のつながりに移りつつある」ようなことを話していた。


本来墓は、先祖と子孫をつなぐ唯一の接点で

横のつながりなどはあり得ないのである。

子供や孫を含めた子孫がどうなってもいいのであれば

横のつながりでもいいだろう。


少なくとも、子供がいる人たちは

そういった選択はしないでほしい。