幸せになる、お墓について考える(最強の開運法!墓相学) -10ページ目

幸せになる、お墓について考える(最強の開運法!墓相学)

お墓について、最近、散骨や樹木葬、合同葬、納骨堂などがTVなどで紹介されていますが、
家相や手相なんかは気にする人がいますがなぜ墓相が注目されないのか?
最強の開運法の一つ、墓相学を知ってほしいと思います。
パワースポット、神社参りも紹介していきます。

今受験シーズンで、今や”大学全入時代”なんて言われているけれども、大学(短大含め)の進学率は57%ぐらいである。

 

その世代の多くは大学に行くが、全員ではない。

 

少子高齢化、晩婚化が進んでいると言われているが

男性も女性も一生涯結婚しない人が4人に1人になりそうだ

ということらしい。

 

運転免許については16歳以上の75%の人が所有しており

男性の30歳の人で95%、女性の87%以上の人が所有している。

 

多くの人が経験するが、ごく一部の人が経験しないこともある。

 

しかし、すべての人が経験することがあるものがある。

それは日本だけでなく世界中の人が経験することである。

”死”すべての人がいつかは経験することである。

 

受験については早い人であれば幼いころから両親が

教育に力を入れたり、本人も大変な努力をする。

 

結婚も、運転免許もお金が必要でいろいろと考えて

行う事が多い。

 

最近は死んだ後の事をあまり考えない人が多くなっている。

 

特に墓や供養はお金の掛かる厄介なものだ

と考え”不要”とさえ考える人がいる。

 

死んでも無にはならない。

 

遺骨を海に撒いたり、木の下に埋めてはいけない。

 

死んでもいつまでも苦しいだけである。

 

生きているうちは、どんな金持ちでもどんなスーパースターでも

苦労があり、困難がある。そしていつかは死を迎える。

 

又多くの人は自分の存在が先祖のおかげであると考えず

色々な困難や事故病気、貧困、不妊などが縦のつながりである

事に気づかない。

 

人は色々な困難を乗り越え、魂を磨くために自分で自分の運命を選んで生まれてくる。そして自分の役割を持って生まれてくる。

 

墓はその懸命に生きた証なのだ。

 

そして子孫に供養されるべきなのだ。

 

49日が過ぎたら自動的に成仏するのではない。

子孫の供養という後押しがあって成仏する人が多いと聞いた。

 

成仏しなければ死んでからもいつまでも苦しい。

 

墓はあの世とこの世との唯一の接点である。

もちろん間違えた方法ではいけないが、無いのはもってのほかである。

 

「墓なんていらない」このような人が増えれば

間違いなく少子化は進んでいく。

 

墓と供養がしっかりしていれば跡継ぎが現れて

その家は存続して行く。

 

墓や供養を軽んじた場合、間違いなくその家は続かない。

 

だから年取ってからではなく、若いうちから考えておかなくてはならないし、先祖と接点を持って”感謝の気持ち”を持たなくてはならない。

 

自分の運や、家運をUPさせるのはこれしかない。

 

年取ってから考えるのでは遅い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月21日のNHK「クローズアップ現代」で



「あなたの遺骨はどこへ ~広がる”ゼロ葬”の衝撃~」



という番組が放送された。



生涯未婚や、離婚などによって亡くなっても遺骨の引き取り先が無かったり、仮に見つかっても引き取り自体を拒否したりするケースが増えている。



そういった遺骨は家族や関係者が埋葬するのではなく

業者やNPO法人が遺骨を”処分”するのが紹介されていた。



「預骨」


葬儀会社が墓が準備できるまで遺骨を一時保管するというものだが

連絡が取れなくなるケースや、紹介されていた人は9年間も放置し

話をしに行くと「骨はいらないので処分してください。捨てていただいてもいいです。」みたいなことを言っていた。


20年もの別居の末に孤独死していたので急に遺骨を引き取ったらしい。


「迎骨」


遺骨を取りに来てもらい、合同墓などに知らない人たちと一緒の所に遺骨を入れられるところが紹介されていた。その日は40体あまりの遺骨が同時に入れられていた、もちろん一人として遺族の人はおらず運営会社の方が、作業のようにされていた。


NHKが紹介していたところは、3万円プラス交通費で引取りから

納骨までしてくれるらしい。


もちろんちゃんとしたところだと思うが、費用をもらって遺骨をどこかに捨てていてもわからないし、仮に適当に捨てても遺族も怒らないような

感じがしてならない。


「送骨」


宅配で遺骨を指定したところに送るというもの。


私の家が墓を移したときは、片道3時間以上のところ

親父が車を運転し、母親が遺骨のそばで線香をずっと

絶やさないで来て、翌日納骨するまで線香は絶やさなかった。


宅配で送るとはもはや、遺骨も単なる”物”扱いである。


変えてはいけないものを、勝手に生きている人の都合で

経済的な問題で変えてしまっている。


その家は確実に家運が下がり、途絶えてしまうだろう。


誰にも手を合わされない遺骨もあの世でいつまでも

苦しい思いを長い時間過ごすことになる。




お墓を建てる場合、元々何があったかは重要な問題です。


家を建てる以上に神経を使わないといけないと言えます。


もちろん何もなかった”処女地”が一番いいのは言うまでもありません。

新しく造成などで何もなかった山などを削ったようなところだと

あまり気にしなくてもいいかもしれません。

ちなみに、私の墓もそのような造成されて誰も買ったことのないところを幸運にも買う事が出来ました。


元々墓地であったところに建てる場合も多くあるでしょう。

その場合は、2メートルぐらいの深さの土を入れ替えるのが理想です。


前に病院だったところや、古い墓などがあったところ

古戦場だったところ、沼地、災害にあったところなど注意すべきところもあります。


近いとか、金額も大事ですが、決める前に

少しそのあたりも調べてみましょう。




今日の新聞に「ペット供養、多様化」という

ペットの墓や供養についての記事が出ていた。


人間と同じように”火葬”するのは良く聞く話だが

紹介されていた火葬、納骨、埋葬、供養まで行う

NPO法人ではこの10年で1.4倍に増え、年間1200件を超えるらしく

犬や猫だけでなく、文鳥やハムスター、亀や蛇、熱帯魚なども

依頼があり持ち込まれるらしい。


20年前まではほとんどが合同葬が多かったが

今は個別埋葬で、9割の人が遺骨を持ち帰るという。


こういったペットの埋葬などに関する法規制などは無く

中には高額な費用を請求したり、遺骨をごみとして

処理したりといったトラブルなども急増しているという。


人間の墓や埋葬については

「不要」とか直葬とか散骨という海洋投棄など

簡素化されているが、ペットについては人間並みになっている。


私もペットを飼っている、犬は12年、猫も今年から飼い始めた。


よく「ペットは家族の一員」といったようなことや

子供のいない夫婦にとって子供のような存在である。


しかしだからといって先祖と一緒にしていいとはならない。


間違っても人間と同じ墓に遺骨を入れてはならない。

隣などに墓を建ててはならない。


ペットの位牌を仏壇の中に置いてはならない。

ペットの位牌や仏壇が家の仏壇よりも上座にあってはならない。


先祖の供養よりもペットの供養を優先してはならない。


もちろん墓は別々にしないといけないが

先祖の墓とはできれば離して、たとえば家から反対の方にあるほうがいい。


家の中に位牌や仏壇を置くときも別の部屋に最低でもしてほしい。


同じように埋葬されたら先祖も「動物と同じか?なめるなよ!」となるだろうし、一生懸命ペットの供養して先祖の供養しない場合は

先祖も「先祖よりも動物の方が大事なのか?」と激怒だろう。


私の家の墓の有る霊園の入り口に最近ペット専用霊園が出来た。


妻はペットが亡くなったらそこで供養したいという。

私はそこではしてはいけないと話している。


広い霊園であるので多少距離はあるが

ペットの霊園は高い位置にあるので良くないと私は考える。


先祖供養をまず行って、ペットはそのおまけぐらいの方がいい。


身寄りのない人や後、墓の継承者がいない場合は仕方ないが

他のルールーと同様こういった事で間違うと

その代の人は良くてもその次の代がおかしくなる可能性が高くなる。


ペットはかわいいものだが、あくまでも動物、

我々人間とは全く違う。


誰でも経験する「お葬式」


最近よく「直葬」とか言って葬式を省略してしまう人がいる。


確かに葬式は金がかかるもので


会館などを借りて行うと、数百万円かかったり

家族葬でも数十万円したりする。


経済的な理由で「お墓なんてお葬式なんてお金ばかりかかって

必要ない」なんていう意見も良く聞くようになった。


先日、PHP研究所「死んだらおしまい、ではなかった。」

大島 祥明 (著) という本を読んだ。


前々から思っていたことではあるが

その本によると「葬式はその人に死んだことを知らせるために行う」

と書いてあった。


人は死んでも意識はそのままで

よく臨死体験した人は「天井から自分の体や、周りにいる家族、お医者さんなどが見えた」とか「誰かの肩越しに自分の体を見ていた」などを証言されている。


死んですぐに自分が「死んだ」とわかる人は少ないという。


ほとんどの人はわからずに、夢だと感じる人や

いつまでも死んだとわからない人の方が多い。


死んだことを理解させて、上に上っていただかなくてはいけない。


葬式は、お坊さんを呼んでセレモニーをすることで

死んだことを本人に知らせるのである。


自殺は死のうと思って死ぬので

すぐにわかるのではないかと思われるが

現世にすごい未練や、憎しみがあるために

上には簡単に上れないのである。


死んだことが理解できなければ、いつまでも

成仏せず、この世とあの世との間をさまよう事になり

いつまでも本人も苦しいままなのである。(浮遊霊など)


葬式をして「あなたは死んだんですよ」という事を

しっかりと認識させて、毎週法事を行い四十九日を行い

上に上ってもらう手助けを行うのです。

これが残されたものの勤めであり、供養なのです。



最近写経や座禅といったものがブームになり

テレビや雑誌で見かけることもある。


そういったものは、書くときに気が落ち着くとか

書くことが目的でそれによって得られるものが多い。


以前、このブログでもお墓に写経(般若心経)を入れるのが

本来のお墓の四大原則のひとつで、108枚をお墓に

入れる方法を書いたことがあります。


108枚になったらすぐにお墓に入れなくてはならず

この春に私の母親が書いた写経を入れた時も

最後の2文字は空白で、お墓に父親が持ってきたときも

筆ペンで私の息子が1文字ずつ書いて納めました。


枚数が多いので長い時間や、家族の協力が必要です。


しかし先祖を落ち着かせ、家運をアップさせるのには

良い方法ですし、その気になればやり遂げることができます。


写経(般若心経)のパワーはそれだけではありません。


今まで秘密にしていたし、簡単には人に話したりしないのですが

ブログを見ていただいた方に私が教わって実践したことをお話しします。


まず6枚書いて仏壇の位牌の下に折り曲げて敷きます。

私もそろそろ、新しい物に変えなくてはと思っているところです。


厄除けとして行うのが21枚書いて問題のある場所や、

改善の必要なるところで写経を

燃やしてその灰を集めて水の流れるところに流すというものです。


私も数回試したことがありました。


1回目は、会社の経営をめぐり旧経営陣と深い溝が出来て

対立したときです。何とか人間関係を改善して会社の経営を立て直したいと思っていたのでその対立していた人の机のあたりで

行いました。少し時間はかかりましたが、

経営状態もかなり良くなりその方とも今は人間関係も問題なくなりました。


2回目は、私の会社の中でボヤがあり多額の損失や弁償が発生した事故にあった時です。倒産や自殺も考えながら

妻と一緒に数日で21枚書き上げて

事故の現場で写経を燃やし、近くの水路に流しました。


その事故では当初、保険は難しく、降りても一部分だけというものでしたが、建物の改修が終わり、多額の弁償や損失を支払うギリギリのタイミングで金銭的にはほとんど全額の保険金が2社(2種類)から

奇跡的に支払われて経営的ダメージは最小限度で済みました。


もしも保険金が当初の予想通り一部分であったならば

今は会社を閉めているか?多額の借金に苦しんでいたことでしょう。


写経は半紙に書くもので

燃やすと舞い上がります。びっくりすると思います。


私はブリキのバケツを用意して

少しずつ行いました。決してまとめて燃やすようなことはしないでください。危ないですし、灰を集めるのが大変です。


灰を水に流すところまでで完結です。


屋外で行う時には舞い上がったり

少しの風で灰が飛んでいくので注意が必要です。


改善してほしい内容や、厄除けしたい事、願い事など

強く思いながら1枚1枚少しずつ灰を確実に集めながら

慎重に行ってください。


誰かに見られえると変なことをしていると思われるでしょうから

気を付けてください。

お盆まで1か月を切ってきました。

お盆はご先祖が”家”に戻ってくると言われています。


昨年も書きましたが、13日の早朝にお墓に”迎え”の墓参り。

15日の夕方”送り”墓参りをします。


出来ればそれまでにお墓をきれいにしておくのがベストです。


帰省などして滞在時間が短い場合は

忙しいですが、お墓の掃除、お参りしっかりしてください。


せっかくの休みなのでどこか旅行など遊びに行きたい時ですが、


年に一度ぐらいは”先祖”について真剣に考え

感謝の気持ちを表し、日ごろ交流の少ない親戚などとの

親睦の場としてください。


特にお子さんを持つ方であれば

そうした姿勢を見せることで子供さんにも

大切なことであることを示すことができます。


どうしてもお盆に墓参りすることができない場合は

前後に墓参り(もしくは仏壇)して「お盆に墓参りできない」

事を先祖に報告し、お詫びをしてください。


このところ雨ばかりで中々墓参りも出来ませんでしたが

今日は行くことが出来ました。


墓石を拭きあげて、いよいよお盆だなという気持ちになりました。


前回、墓石の文字の色入れを書きましたが、


墓石の掃除、文字の部分の掃除についても触れてみましょう。


文字の部分は凹んでいるのでほこりや細かな砂が溜まって汚れているように見えたりします。


あまりとがったものや、鋭利なものでそういったものを取ることはやめましょう。


文字の大きさに適した筆を濡らして汚れを取るか

固くても使っていいのは歯ブラシまでです。


以外に軍手を濡らして指でふき取るのは効率が良いですね。


あまり硬い物や鋭利なものでごしごしやるのは

ペンキなどが落ちる恐れがあるのと、相手が先祖であることを考えればわかると思います。


墓石の掃除には、きれいなタオルを少し硬めに絞って

丁寧に吹き上げましょう。


墓石の上から暑いからと言って水などを掛けるのを

良く見かけたり、ドラマなどでもありますよね、


水をかけてもいいかどうかよくわかりませんが

少なくともきれいなタオルで拭いてください。


お酒など掛けた場合は、そのままにしておくと

虫が来たり、カビの元になったり、墓石によっては

色が変わったりするかもしれません。


お酒を掛けた後、水などで洗い流して

きれいに拭き上げましょう。


故人がお酒が好きだった場合、掛けずに

栓を開けてお参りの間お供えして

他の食べ物も一緒ですが、持ち帰りましょう。


出来れば、お盆前にきれいにして

準備したいですね。

半年ぐらい前に、墓の表面の土を入れ替えしてもらい

墓石の文字の色も入れ直ししていただきました。

具体的にどうするかというと

文字と同じ色のラッカースプレーで吹きます。

当然周りにもスプレーの色が付きます。

ホームセンターのペンキ売場にある

「薄め液」いわゆる「ラッカー薄め液」を準備しておき

汚れてもいいきれいな布やタオルに少し浸しながら

周辺のいらない部分のペンキを拭きとっていきます。

文字は凹んでいるので、表面を拭くだけで
凹んだ部分は色が残り、きれいに取れます。

ホームセンターで購入する時に念のため
スプレーと薄め液の相性を確認するのと

スプレーしてから拭くまでの時間があまり長いと
ふき取るのにたくさんの薄め液がいるかもしれません。


お墓も長年経つと文字のペンキも薄くなったり
見た目にも感じがよくありません。


お盆の墓参り前に文字の色を入れなおして

墓石もきれいにしてお盆を迎えるのもいいものです。

今日のテレビ番組の「ぶっちゃけ寺」後半

お坊さんたちのぶっちゃけ大激論があり、


最近話題の「お坊さん派遣」についてお坊さんたちが

大激論を交わしていた。


参加者の約3分の1が賛成、反対が3分の2だった。


反対のお坊さんの意見は


仏教へのハードルを低くするのは、無料の法話会や、写経会

などを行う事で地域の人たちを取り込んでいくことができる。


仏教がサービス業となってお金に走ってはいけない。

お布施とは気持ちで払うもので定価としてしまうのはどうか?


といった意見である。


賛成意見としては


実際に「お坊さん派遣」を経営されているお坊さんもいた。

その方は、30年後今までと同じような仏教界であるはずはない。


もう一人、実際に派遣僧侶として年100件以上されているお坊さんは

今の人は仏教に対しては信仰もなく興味もないが

お通夜、葬儀とお経を聞いて、法話などを通じて

49日、1周忌など法事をするようになる。

お布施とは本来「捨ててもいいと思うお金」という意味もあり

そういった意味では今の人たちがお願いしようと思うことが大事


といったようなことを話していた。


今月私もこのブログで「アマゾンのお坊さん便」について

書いてみたが、基本的には賛成だ。

自分が喪主の時に実際に頼むかどうかは別として

今の自分中心主義、核家族化、経済中心の世の中にあっては

先祖供養や宗教のようなものはお金のかかるめんどくさい物

と考えられる人が多くなっている。


全く興味のないものでしかも、いくら掛かるかもわからない

ものには値段が高くても安くても手を出しづらいし第一、どこに相談してどこに連絡してもいいのかもわからない人が多い。


そういった考えの人が多くなっている中

いつも利用しているアマゾンドットコムや、(いつも使っている)ネット

で明瞭会計でお願いできるのであれば利用する人がいるのも納得できる。


良く試供品を配って商品の良さをわかってもらい

リピーターになってもらうのと少し似ているが、


お坊さんと接点を持って、お坊さんの法話などにより

法事や、敷いては檀家になってもらうようなことにつながっていくのではないだろうか?


ビジネス化するのは仏教と反すると

反対派のお防さんが言っていたが、


ビジネスとしても、宗教行為だとしても

依頼する人が選べばいいと思う。

そこで丁寧に興味のない人に”火”をつければいいのだと思う。