眩しさを感じて目を覚ますと、隣には誰もいなかった。
窓には分厚いカーテンが吊り下げられ、その隙間から漏れる一筋の朝陽が、部屋を横切って、天蓋のある大きなベッドに届いている。
房飾りのついた枕から頭を上げ、身体を起こせば、掛布の金糸は光を反射してきらきらと輝いた。
――― ここは。部屋だ、俺の。
二度三度瞬きしてベッドから下りると、床はひんやりと冷たく、思わずローブの襟を閉じながら窓に近付く。
勢い良くカーテンを開ければ、眼下には庭園が広がり、色取り取りに咲き乱れる花が、ガラス越しにも甘く香るようだった。
壁に寄りかかり、その景色を堪能する。
――― 望むらくは、この腕の中に彼が。
ふと横を見ると、落ち着いた銅色だったはずのカーテンは、黄金色に光っていた。
驚いて窓枠に手を付けば、それもまた金の木目に変わった。
よく見ればローブも、まるでボクシングのチャンピオンが着るような金色になっている。
部屋を振り返ると、床までがぎらりと輝いた。
――― さて、どういうことだろう。
衣装棚の取っ手を持てば、その扉も金になり、その中の服も、触れる端から金になる。
あざやかな刺繍の入った靴を取り出せば、もちろんその靴も。
靴を履いたところで、腹が音を立てた。
――― 何か食べたい。喉も渇いてるし。
完全には着替えずに、上着だけ羽織って部屋を出る。
長い回廊は暖かかったが、静まりかえり、人の気配はなかった。
食堂ではすでに食事の準備が整えられ、長テーブルいっぱいに見事なご馳走が並んでいた。
椅子をひくと、その椅子も金に変わる。
座ってテーブルに手を置けば、覆布までも金色になった。
料理に目移りしながら水を注ぐと、銀のゴブレットが満たされるより前に、硝子瓶は金に変わる。
水の注がれたゴブレットを手に取れば、さながらメッキでもされたように色が変わった。
そしてその水も、飲もうとして唇が触れた瞬間に、さらさらと砂金になってしまった。
試しに林檎を手に取れば、それも金になった。
ナイフとフォークは金になっても使えるが、切り分けた肉は舌に触れるとそのまま固くなった。
――― これは、困ったことになった。
食べることのできない数々の料理を前に、呆然としていると、食堂に人が入ってきた。
おはようジェソプ、とキソプはにっこりと微笑んで、いつものようにハグを求めた。
椅子を倒しながら後ろに逃げ、何とか伸ばされた腕から逃れる。
どうしたのかと訊ねられ、心配させたくないので、答える代わりに首を振る。
後退りして離れれば、キソプは悲し気に眉を寄せ、その様子に心が痛んだ。
――― そんな顔しないでくれ。
そう思っても、言葉は出なかった。
*
目を覚ますと、隣にはキソプがいた。
正確には、ツインルームのもう一つのベッドで、寝息を立てていた。
サイドテーブルの時計を見れば、起きるべき時間はまではしばらくある。
そっと自分のベッドを抜け、キソプの隣に滑り込む。
後ろから抱きしめるつもりで頭の下に腕を入れると、キソプが身を捩った。
「んー、ジェソプ?」
「ごめん、起こした」
「ううん」
キソプは目を閉じたまま、口元を綻ばせる。
胸元に潜り込んでくる頭を撫でながらキスを落とし、髪に顔を埋めてシャンプーの香りを吸い込んだ。
「目の前にいるのに、触れられないなんて、耐えられない」
「何か言った?」
「なんでもない」
もし一日だけ魔法が使えるなら、ニューヨークにいるときにして貰おう。
そう心に誓って、キソプをしっかりと抱きしめた。