第 6 話   軽井沢

シルバーメタリックのBMW325iは、圏央道を北上し、一路軽井沢へ向かっていた。

ハンドルを握っているのは慎一。その隣の助手席にはもちろん、夏子が座っていた。

11月15日の土曜日。翌週は3連休となり、高速道路も渋滞必至となる。それを避けての遠出だ。

「紅葉を見に行きたい!」夏子のたっての希望だった。

関東地方の紅葉見物としてはそろそろピークを過ぎるだったが、今年は9月10月と暖かな日が続き、紅葉前線の南下も遅れていたことが幸いしていた。


神奈川西部方面から軽井沢に向かうには、第3京浜で玉川に出て環状8号線をひたすら北上して練馬インターで関越自動車道に入るか、首都高速を使って練馬インターなどのルートがあるが、いずれも渋滞を余儀なくされていた。

しかし、今年6月に開通した圏央道のおかげで東名高速道路海老JCTから圏央道~関越自動車道と渋滞にぶつかることなくなっていた。


夏子の住んでいる泉区から軽井沢まではは約200㎞ほどの道のりがある。ロングドライブにはなるが、殆どが高速道路を走ることことで、慎一の運転も楽であった。


何よりも四角い箱に2時間半も二人きりの時間を共有することに夏子も慎一も喜びを感じていた。


慎一が下北沢のマンションを出る頃、夏子は朝4時起きをし、いそいそとお弁当作りに励んでいた。
好きな慎一と初めて一日中、一緒に過ごせるのである。
おにぎりを握る手にも、つい力がはいってしまう夏子であった。
また、母である静子も早起きをして手伝ってくれていた。

母、静子は49才。年齢の割に若く見られ、二人でショッピングに出掛け洋服を選んでいたりすると「背格好も同じくらいですし、姉妹でお洋服が共有できてイイですね!」と、店員さんに言われることもしばしばであった。


そんなとき静子はそれに気を良くし、
「妹とも趣味も似ているし、ほんと助かるのよ!
』と、満面の笑みを浮かべて応えるのが常だった。


静子自身も考え方が現代的だ。


夏子が前の彼氏と別れたときも、
「男なんて、いっくらでもいるわよ!最初から縁がなかっただけと思えばなーんてことないわ。夏子、くよくよしないのよ~!」
と、夏子の哀しみをわかってかわからずか言ってのける。
「くよくよなんかしてないわよーだ!」と負けん気を出す夏子に
「よーし!じゃあ、今度はもっといい男を見つけてらっしゃい!」
「は~い!」
と、こんな会話が母娘間で飛び交うのだ。


夏子はそんな母が好きだった。

夏子が悲しみのどん底に打ちひしがれていることは、母である静子が十分わかって上での言葉だと夏子は理解していた。

優しい慰めの言葉は、ときに人を辛くさせてしまうことを母はよく知っていた。


『慎一さんは7時に迎えに来てくれるのよ。』
『へぇ~。下北沢に住んでいるんでしょ? ここまで1時間以上もかかるんじゃない? それから軽井沢までドライブだなんて!!慎一さんも大変だわねェ~。』
『そうよ!愛は距離を超えるのよ!』
『まぁ。この娘ったら、親の前でよく言うわよ!』

『慎一さんはお母さんに会ってみたいんだって!あたしに似て、お母さんは美人なんだろうなぁーって言っていたわ』
『夏子
に似てじゃないわよ!わたしに似て夏子が美人ってことでしょ!フフフ。それじゃ、お弁当なんか作っている場合じゃないわね!慎一さんのために入念にお化粧をしなくちゃ~。後は自分で作ってねー!お化粧して来ようっと!』

『ちょ、ちょっと待ってよ!娘のボーイフレンドに会うだけなのになんでお母さんが入念にお化粧するのよ!』
『だって、慎一さんって素敵な人なんでしょ? だったらわたしも素敵にならなくっちゃ!』
『お母さんは別にいいのよ!慎一さんはわたしの彼なんだから!!』
『あら、ダメよダメダメ~~♩♩夏子より、お母さんの方がキレイ!って、言わせてみせるわよー!』と日本エレキテル連合のギャグを真似しながら、言い放つ母静子。
『やだ、もう~、お母さんたら!!娘と張り合う母親がどこにいるの!? あらら、ほんとにお化粧をしに行っちゃったわ。』
朝早くから、ひょうきんな母娘であった。


午前7時。
玄関のチャイムが鳴った。
『あっ、来たわ!』と夏子の顔が笑みを讃える。


『じゃ、私がお迎えするわね!』と静子は夏子を制して玄関に向かおうとする。
『えっ?お母さんはいいわよ!私が出るわよ!!』
『ダメダメ!!慎一さんはわたしに会いに来たのよ。夏子はお弁当の仕度、ほら仕度!』
『お母さんの顔を見るのはあくまでドライブのついでなんだから!!なんか勘違いしてない?!』静子にはまったく夏子の話しに聞く耳を持たず、いそいそと玄関に向かっていた。

『はーい!』と感高い声とともに玄関ドアのロックを外す音がする。

『おはようございます。榊ですが....』と一応、夏子が出るだろうとは思いながらも、母娘の声は似るので慎重に慎重を期する慎一であった。

ゆっくりとドアが開けられ、はたして、そこには夏子に似たキレイな女性がニッコリと大人の笑みで慎一を迎えてくれていた。

明るい声で
『おはようございます♩』
『あっ、おはようございます。はじめまして、榊 慎一です』
ドギマギしながら慎一は名乗りながら、深々と頭を下げる。

『初めまして、姉の静子です。妹がいつもお世話になってまして。夏子が言っていた通りのステキな方ね、慎一さんて!!最近、夏子は慎一さんはね、慎一さんはね、と家では慎一さんのことばかり!きょうは慎一さんがどんなにステキな方なのか、お目にかかれることを楽しみにしていたのよ!

夏子はすぐ、参りますからね。

夏子!夏子!慎一さんが見えたわよ!何してるの!夏子、早く!早く!!』
と、奥に娘を迎えにいく母であった。

慎一はドギマギしていた。夏子にあんなキレイな姉がいたとは聞いていなかったこともあり、冷静さを取り戻そうと必死だった。


『慎一さん!おはようございます~!お待ちどうさまでした。』
『おはよう!』
『母はなんか変なこと言ってなかった?!』
『えっ、お母さん?お姉さんじゃないの?』
『いやだぁー、母ですよ~!母ったらまた、わたしの姉のふりをしたのね。まったく~、もう!』
『いやぁ、若いお母さんだし、キレイなお母さんだね~♩すっかり信じちゃったもの!』

『お母さ~ん!行ってくるわね!』
母がニコニコと玄関先に出て来た。


『慎一さん!妹をよろしくね!』
『何、言ってるのよ!もう、バレてるわよ。お母さん!』
『えっ?なんで??』
『だって、お母さ~ん!って、呼んだら、すぐに飛んできたじゃない!!』
『そ、そうかぁ~!気がつかなかったわ!失敗!!』ウフフと笑い転げる静子であった。

静子は出掛ける夏子を呼び止めた。慎一に聞こえないほどの小さな声で夏子の耳もとでささやいた。
『気をつけてね!きょうは帰ってくるの?下着は新しいの着ているの?お泊まりセットは持ったの?』

『な、なに言ってるのよ!娘にそんなこと言う母親がいる?  日、日帰りに決まってるじゃない!!』と、うろたえながら、なかば呆れ返る夏子であった。


『夏子!幸せは自分の手で掴み取るもの
よ!慎一さんなら、許すわ!!勇気を出して飛び込みなさい!お父さんにはうまく言っておくから.....。』

そう言いながら、夏子にウィンクをし、夏子を送り出す母であった。


車の中で、夏子は思い出し笑いをしていた。
『どうしたの?ニヤニヤして』
『うぅ~ん!何でもないの。ただ、慎一さんが母を姉だなんて、本気で
信じたことを思い出しちゃって!』

『そうかなぁ。けれど、絶対、姉妹と言われても信じるくらい、お母さんって若いし、美人だよね!!』
『え~、そんなことはないわよ!』
と、言いながら、運転している慎一の腕をつねる夏子であった。
『イ・タ・イよ~』


圏央道から関越自動車道に入り、上里パーキングエリアで少し休憩をしたBMWは藤岡ジャンクションで新潟方面を右に見ながら、上信越自動車道に入り快調に軽井沢に向かって走っていた。


上信越自動車道に入ると、標高がだんだんと高くなることもあり、紅葉の美しさが際立ってゆく。

今年世界遺産となった富岡製糸場がある富岡市のインターを過ぎる頃にはあいにくと小雨が降り出してきた。

気温も下がり、外気の寒さが車の窓を曇らす。
ワイパーは雨のしずくを吹き飛ばしていた。


やがて、妙義山の山々が見え始めるとさらに勾配は急となり、6気筒エンジンを搭載したBMWはいつにも増して甲高いエンジン音を響かせながら、雨の中を疾走していった。

碓氷軽井沢インターチェンジで上信越自動車道を降りる。

高岩山の麓を上り坂を越えると、後は下り坂が続く。

ザ・プリンス軽井沢が見えてくると、左右にはゴルフ場のグリーンがBMWに乗った二人を迎えてくれる。

そのまま直進すると18号線との交差点。ここから先はいわゆるプリンス通りとなり、今まで少なかった車の影が、徐々に増え始める。

軽井沢プリンスのアウトレットモールが近付き、その駐車場に入る車の列がプリンス通りの渋滞につながるのであった。

上越新幹線のガード下をくぐり抜け、信号を左折すると、混雑は嘘のように解消されはじめた。

軽井沢警察署の二軒先にあるモトテカコーヒー軽井沢で、高原の朝のコーヒーを愉しむ。モトテカコーヒー軽井沢は朝7時から営業しているのであった。

小休憩した後、方面に向かい、中軽井沢駅入り口を右折すると日本ロマンチック街道と名がつく坂道を上がってゆく。

千ヶ滝方面に向かう。5分も走ると右手に三井の森の別荘地が広がり、星野リゾートが造った星のや軽井沢。

そして、星野温泉。日帰り客用の温泉もあり、土日は駐車場に入るのにも苦労するほどだ。

さらに、先に進むと千ヶ滝の三叉路にぶつかり、右方向へとハンドルを切り、日本ロマンチック街道をひたすら走る。

その頃になると、先ほどまでの小雨も止み、青空が見え始めていた。

慎一はBMWのサンルーフを開けた。
11月の冷たい高原の空気が車内に潜り込んでくるかと思いきや、BMWの空調はサンルーフに透明の膜を張ったように外気を遮断していた。

いつしか道路の左右には色とりどりの紅葉が新鮮な輝きを放ち、まるで夏子と慎一を迎えているようであった。

慎一は深まりゆく秋の軽井沢を愉しむように、ややスピードを抑え気味に走らせる。
夏子の右手はギアを握る慎一の左手に添えられていた。

峰の茶屋の五叉路を右折をし、旧軽に向かうことにした。ここからは道幅も狭くなり、シフトダウンしながら行き交う車に注意しながら下り坂を行く。10分もかからず、白糸の滝のパーキングに慎一はBMWを止めた。

車を降りると、ふたりは軽井沢の空気を深く吸い込む。

肺の奥まで届くかのような、澄んだ空気だった。
陽が出てきたためか、思ったよりも暖かく感じる。

夏子と慎一は自然に手をつなぎ、白糸の滝まで歩き始めた。

舗装されていない砂利道は少し歩きにくかったが、2人にはそれも苦にはならない。

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白糸の滝は華厳の滝のような雄大さは無かったが、70mに渡り静かに流れ落ちる様は表現のしようがないほどだ。手前には透き通った水面が広がっていた。

少し寒さを覚え始めた2人は来た道を引き返し、駐車場に向かった。

時間はもうすぐ、11時をまわろうとしている。朝が早かった2人は空腹を覚え始めていた。

慎一は車を軽井沢駅ちかくの矢ケ崎公園に向かわせた。矢ケ崎公園公園は人口の池を有し、夏には打ち上げ花火大会、冬はイルミネーションで飾り付けられクリスマスを演出してくれる。また、隣には大賀ホールが立ち並ぶ、いわば軽井沢町民の憩いの場である。

慎一は町営の駐車場に車を乗り入れた。

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池畔のベンチに座って、お昼を取ることにした。
夏子は作ってきたお弁当を広げる。
『わっ!美味しそうだなぁ~!』慎一は思わず大きな声をあげた。
『味はわからないわよ~!さぁ、どうぞ。』

慎一はまずは大好物のだし巻き卵を口にした。
『う、うまい!!さすが、夏っちゃん。出しが染みていて、ふんわりとした食感!!美人で、料理がうまいときている!!』
『そ、それはお母さんが作った出し巻き卵~!!』
『ええー!?』

楽しい食事であった。
明るい日中のデートは初めてだったからかもしれない。
慎一も夏子も童心に帰ったように、よく笑い、そしてよく食べた。

BMWを駐車場に置いたまま、歩いて軽井沢を散策することにした。

軽井沢駅前のロータリーから軽井沢銀座にまっすぐ抜ける表通りを歩き始めた。広い通りが、東雲の五叉路まで来ると道幅は狭くなる。夏の賑わいまではいかないが土曜日ということもあり、観光客の姿もそれなりにあった。道路を挟んで左右には土産物屋やレストランなどが連なっている。

旧軽井沢銀座の通りに入ると、さらに道幅が狭くなるためか、人通りが多く感じる。ミカドコーヒーでは有名なモカソフトというソフトクリームを頬ばり、サンモトヤマのショッピングアーケードをくぐり抜け、今の天皇陛下と美智子妃殿下が出会った軽井沢会テニスクラブを通り過ぎ、昔風情を残すつるや旅館を見、軽井沢高原教会など尋ね歩く。時間はあっという間に過ぎてゆく。

軽井沢の魅力は一本裏の別荘が建ち並ぶ小道を歩いてみることである。そこにはまさに自然と共存した静かな時間の流れを感じることができる。


11月にもなると、日が落ちるのも早くなってくる。
雲場池に映る夕日の紅葉は美しかった。

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明るい日中の景色とは、まったく違った顔を覗かせていた。
はっきりとした森の色彩はいつしか、やわらかな夕日につつまれ、その色をセピア色に変えていた。



『すこし、冷えてきたみたいね。ちょっと、寒くなってきたわ。』
『だいじょうぶ?そろそろ車に戻ろうか?!』
『いいえ。もう少し、このまま歩いていたいの.....。』
慎一の腕に手をまわし、雲場池のほとりをまた歩きはじめた。
浅間山に夕日が沈みかけていた。
あたりは急速に光を失ってゆく。
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ふたりは立ち止まった。
ゆっくりと、向き合った。
夏子の肩に慎一の手が触れる。
ふたりの目が合った。
夏子の瞳には慎一が、
慎一の瞳には夏子しか映っていなかった。

もう、二人には言葉はいらなかった。
ふたつの顔がゆっくりとちかづいてゆく。

夏子はそっと、目を閉じた。
くちびるとくちびるが触れる。
触れあうだけのキスだった。

やがて、くちびるが離れる。
見つめ合うふたり。

『好きだよ』
『私も、、、』
もう一度、くちびるが合わさった。
今度は狂おしいほどの熱いキスであった。


愛に言葉はいらなくても、時として言葉は重要な役目をする。
心の想いを100%伝えるのは難しいが、お互いの気持ちを再確認するためには言葉は必要不可欠であった。
ふたりの影は完全に夜の闇と同化していった。
     ・
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     ・

高原の朝は早かった。
夏子はベッドを抜け出し、窓のカーテンを開いてみる。
朝もやに包まれた幻想的な風景がそこにはあった。

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軽井沢プリンスホテルイーストコテージ。
広大な敷地にはスキー場、ショッピングモールなどを有し、リゾートホテルの草分け的存在の軽井沢プリンスホテル。イースト、ウェストに分かれ、それぞれのホテルに加え、高原ならではのコテージを有している。

ベッドでは慎一が静かな寝息をたてていた。
慎一の頬を白い手でなぞってみる。
すこし伸びかけたひげが、夏子の手に触れた。
指先に触れるチクッとした感触も夏子には新鮮に感じた。


慎一の寝顔はあどけない子供のようであった。
顔をちかづけると、慎一の息づかいが伝わってくる。
慎一のくちびるにそっと自分のくちびるを重ねてみる。
やわらかな感触とともに、愛しさが込み上げてきた。

後悔はしていなかった。
夏子が愛した慎一がそこにはいた。


                         To be Continued.....