親愛なる先生へ

昨日のお手紙にて生じた疑問。「なぜ『不機嫌でいるのは良いことだ』なんて思い込んじゃってるのか? 」

まだ、あまりハッキリとは解明できてないながらも、書いてみようと思います。

まず、すぐに思い付くのは、「親がいつも不機嫌で、親の真似をしちゃってた」という説だけど、これだとあまりに安直すぎるし、こういうことに気づけたのなら直すようにもっていけそうなもんじゃないかしら。

で、もっと踏み込んで考えてみると。
「不機嫌なのは、『自分はこんなにも我慢して頑張ってるんだ』ってことを示す、ポーズなんじゃないか」って、ひらめいたんです。

どういうことか、というと……。
なんかちょっとまだ、まとまってないので、例によってここで少し、お時間をいただくことにしますね。

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

親愛なる先生へ

昨日のお手紙に出てきた「不機嫌」について、そもそも一体どういうことなのか、ググってみました。

すると、ほとんどが、「不機嫌でいるのは幼稚」とか「不機嫌でいると、短期的にはメリットがあるように思えても、長期的には利点はない」とかいった、ネガティブ視しているような内容なんですよね。

これ、実をいうと、いまいち腑に落ちないんです。
というのは、幼少時以来、なんていうか、いわば『不機嫌でいるのは良いことだ』みたいに思い込まされてきたような気がするものだから。

これって、自分の認識に、なにか勘違いがありそうだ、てこと? 
いやいや、そうであれば、もっと早くに気づいてたってよかったのでは。きっと何らかの根拠っていうか、エビデンス? があるからこそ、ずっと思い込んでいたんじゃないかなあ!?

……えっと、ちょっとなんか、混乱しちゃってるようなので、少し時間を置かせてもらうことにしますね。

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

親愛なる先生へ

昨日のお手紙の続きです。

もし、「『極楽とんぼ』って言ってくる心理」が、「あんたは悩みがなくていいね、なのにこちらは……。」という意味だとしたら、その言葉を発している本人は、いわば愚痴を言っていることになりますよね。

つまり、「不機嫌」ってことなんですよ。
しかも、その「不機嫌」の原因を、相手に転嫁している可能性すらある。
そのことによって、相手を操作しようとしている、つまり、不機嫌さを用いている、ってことなのかな? なんて思っちゃうのです。

じつをいうと、自分にもこんな傾向があるといえるのかもしれないなー、って懸念があって。
なにかっていうと、すぐ「いちゃもん」つけてしまいがちなのも、そのせいなのかも。

こうした点が、先生との大きな違いを覚えるところだったりするんですよね。
だって、わたしの記憶の中の先生は、いつだって上機嫌だったように見受けられるのだもの。

こうしたことがらについて、ひきつづき、掘り下げていきたいと思います。

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

親愛なる先生へ

昨日のお手紙に書いた通り、「『極楽とんぼ』って言ってくる心理は? 」ということを、考えてみました。
まずは、ネットに何かでてるかググってみたのですが、なかなかピンとくるものが見当たりませんでした。ですので、ここからはほぼわたしの思いつきになってしまいますが、ご了承くださいね。

最初にひらめいたのが、「あんたは悩みがなくていいね、なのにこちらは……。」という意味なのかな、ということです。
そういう言葉を、親(大人)が子に対してぶつけるわけ。
おかしくないですか? 
大人と子どもとでは、出来ることに大きな違いがあるのだから、それにともなう負担や責任や、それらにより生じる悩みだって、違ってくるに決まってるのに。
それこそ、3月23日のお手紙の「境界線」を越えた行為といえるし、5月11日のお手紙の「都合のいいときだけ“大人”でいさせられてた」というのに該当するともいえますよね。

次回以降も、この続きをやっていこうと思います。

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより

親愛なる先生へ

昨日のお手紙に、「他の人がどう言ってこようと、いつも快活にたのしげ」ということを書きました。

今のわたしとしては、そういう態度って、いいなーと思うのだけれど……考えてみると、昔は正反対だったようなんです。

というのは、その頃、自分が機嫌良くしてると、親が「極楽とんぼ」と言って、冷やかしてきたから。
そのせいで、なんか「ポジティブな態度でいるのは恥ずべきこと」って思い込んでしまったふしがあるんですよ。

それにしても、ホント、しきりと言ってきてたっけなあ、この「極楽とんぼ」ってことば。
いったい、どういう心理に基づいての行為だったんだろう? 
例によって、次回までに、考えてみますね。

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより