リハビリをやりつづけて半年、キャッチボールやバットを振ることが出来るようにまでなった
怪我をして1年、グランドで走れるようになった
怪我をして1年と半年、試合に出れる用になった
ポジションはショートじゃなくライト
それでも試合に出れるだけで十分うれしかった
最後の総体の試合、登録メンバーに入れた
スタメンでライトで出れた
今もすぐに思い出せる試合
絶対に忘れられない試合
怪我をした時はもぅ辞めようと思った。
何で私なんや、何で今なんや…そんなことばっかり思ってた。
でも今は違う
怪我をしていろんな事に気付けたし、精神的にも強くなれたし成長できたとおもう
たくさんの人に支えられてる事
自慢できる仲間がいること
大好きな友達がいること
ボールを投げられる事が幸せな事
走れることが幸せな事
私はソフトボールが大好きなこと
ソフトをしてなかったら今の自分はいない
だから今度は私がソフトにお礼するんや
中学生や小学生にソフトの楽しさを伝える
ちょっとずつでもいいからゆっくりでいいから恩返しできたらいいなとおもう
我ながらジコマンな日記や
おわり
それからもぅ何も迷わなかった
『早く治して、早く走れるようになって、みんなとソフトがしたい』
ただそれだけを思ってリハビリをし続けた
クラスのなかのいぃ友達や、中学の時の友達、中学の時の顧問の先生、高校の顧問の先生
みんなお見舞いにきてくれた
ほんまに感謝のことばしかでてこなかった
頑張ったかいがあって普通より1ヶ月早く退院できた
でもまだ松葉杖やしコルセットして歩くのが精一杯
久しぶりにみんなに会うの、ちょっと緊張したから一番に部室に行ってみんなが朝練しにくるのをまった
部室のニオイ…
クサイ…
でも幸せ
みんなのグローブがきれいに並べて置いてある
そこに私のグローブも並べてやる
ごめんな、長い間使ってあげれなくて
これからどんどん使っていくからな
っと、まぁグローブと話をしてたら同期の子たち登場
先輩たちも
感動の再開
私はみんなにありがとうって言い続けた
みんなが練習してる横で私はリハビリ
正直、やっぱり羨ましかったしものすごく焦った
前から焦りはあったけど、私がいない間にショートのポジションには同期の子が入っていた
その子が上手くなってた
焦ったって仕方ないってわかってるけど、やっぱり悔しくてフェンスの外にいる自分がはがゆかった。
練習中、顧問の先生にフェンスの外の草むしりをしろって言われたこともあった。
悔しくて悔しくて泣きながらした。
つづく
手術が終わって目が覚めた。
お母さんとお父さんがいた。
病室だ。
私は半日ずっと寝ていたらしい
ワラ
私は麻酔がよくきく体質らしく、このまま目が覚めない人もいるみたいでお母さんたち心配してたんやって
自分の足を見たらギブスで固められてた。
頭がボーッとする
上手くしゃべれない
段々麻酔が切れてきて気分が悪くて足が痛くなってきた。
吐きたくても何も食べてないから胃液しかでないし、足はやばいくらい痛いし、頭も痛いし熱が出てきた。
地獄やった…
もぅだめやとおもった…
自分の足じゃないみたいやった…
動かそうと思っても動かない…
もぅ無理やとおもった。
それが3日間続いた。
手術して1週間、3年生の先輩3人(キャプテン・副キャプテン・マネージャーの先輩)がお見舞いに来てくださった
こんな私1人だけの為に、遠いところまで…
練習して疲れてるのに
先輩たちに会えたのはめちゃ嬉しかったけど、正直こんな姿見られたくなかったし情けなかった
足が痛いのを必死で隠して笑って喋ってたら、先輩がみんなからの手紙をくれた
チームのみんな全員からの手紙
それとお守り
それと全員が写ってる集合写真
『頑張って早く治して、またグランドで一緒にソフトしよな』
先輩たちはそう私に言ってくれた
先輩たちが帰ってからみんなからの手紙を読んだ。
『頑張れ
絶対治せ
みんな待ってるから
また一緒にソフトをしよう
のまと一緒にソフトがしたいよ
』
その夜、私は涙がとまらなかった…
私には励ましてくれる仲間がいる
待っててくれる仲間がいる
『やっぱり私は
もう一回、みんなとソフトがしたい
』
何かが吹っ切れたような気がした
つづく
