映画を観たその足で三省堂書店に走り、本棚を隅々まで眺め見つけられず、店内検索をして取り扱っていないことを確認し、ジュンク堂書店に行き、ラスト一冊の『ナイトフラワー』をゲットした。
映画では語られていない詳細や背景が知りたかった。
押しつぶされそうな気持ちに追い立てられるように、短い小説を一気に読んだ。

小説『ナイトフラワー』感想
映画とほぼ内容は同じだった。
内田英治作品は映画『ミッドナイトスワン』『ナイトフラワー』の2本を鑑賞した。
小説を読むのはこの『ナイトフラワー』が初めて。
登場人物たちの心情や生い立ちがわかりやすく説明されていた。
「好き」「悲しい」「怒った」がそのまんま書かれているのが逆に清々しいほど。とても読みやすく、わかりやすい。誤解のしにくい小説だと思う。
それでいて、映画で語られない部分は、小説でも語られてはいなかった。
むしろ、映画の方が多くを語っていたように思う。
ここからはネタバレ全開です
映画で語られない部分は、
小説でも語られてはいなかった
つまり正解はわかりません
後述するのは
すべて個人的な考察であり
わたしの解釈です
受け取り手に
どう読み解くか
委ねられている作品だと思います
夢と花
冒頭の悪夢
夏希がスナックのトイレで見ていた悪夢。
映画では夢の内容はわからない。
苦悶に歪む夏希(北川景子)の表情と「そっちに行ったらあかん、小太郎!」と叫び顔を手で覆う姿が描写される。
小説では夢は中学生の頃の友人(瑠璃子ちゃん)が出てくる。
夢らしく時系列も整合性もおかしく、当時の姿のままの同級生と現在の娘や息子が知り合っている。瑠璃子ちゃんは夏希のことが同性愛的に好きだったことが仄めかされ、怪鳥に喰われる。
スナックのトイレに架けられた絵はルソー『夢』

ジャングルの中にあるソファーに裸婦が横たわっている。
いつ月下美人が咲いたか
映画のラストシーン。
暗闇を背景に白く美しい花が咲いて終幕となる。
抱き合う4人の背後、昼の明るいベランダで咲いていた。
サトウの質問(3つ)
映画でも小説でもはっきりしていないサトウの質問。
“処理”される寸前だった多摩恵の前にあらわれたサトウは、赦しについて考えていた。
子どものために罪人となった夏希と、目の前の女多摩恵。
ふたりの女の心の源を聞いてみたい。
聖母マリアのように信仰深く優しかった母、マグダラのマリアのように風俗で働きながら激しく殴ってきた罪深い母。
母は赦されたのだろうか。
俺はいつか赦されるのだろうか。
誰もが罪を背負っている。
原罪をもって生まれ、罪を犯しながら生き、赦されたいと願っている。
あの女は赦されるのか?
納得できるこたえがきけたら、生かしておいてもいい。
サトウの着ているTシャツ(ルーベンス『パリサイ人シモンの家の饗宴』)
マグダラのマリアがイエスの足を涙で洗い自らの長い髪の毛で拭いて香油を塗っている絵。
サトウはマグダラのマリアを“罪深い女”と知りながらイエスが赦したとされるこのエピソードを気に入っていた。

3つの対神徳
サトウの母がいつも語っていたキリスト教の教え「信仰・希望・愛」
これがあるかどうかを聞いたのではないか?と予想。
-
信仰(fides):
神と神の啓示を信じ、教会が教える教えを信じる徳です。神そのものを信じること、そして信じたことを生活で証言することを含みます。
-
希望(spes):
キリストが約束された天国や永遠の幸せを望む徳です。絶望に陥らず、神の約束に信頼して生きていく力となります。
-
愛(caritas):
神を何よりも愛し、隣人を自分自身のように愛する徳です。キリストが命じた最も大切な掟であり、三つの対神徳の中で最も大いなるものとされています。
多摩恵愛は?ある。夏希(隣人)を自分自身のように愛した。だからこその、ひとりぼっちじゃない、ふたりぼっち。
希望はどうか?夏希家族との“楽園”旅行計画はある。けど、なにも準備はしていない。最大の夢であるウォーリアーズでは敗れて「アカンかった」
信仰は?人生は勝つか負けるか。(負けた)
どのように聞き、どのように答えたのかはわからないけれども、多摩恵はサトウに納得のいく返事は出来なかったんじゃないかと思う。(つまり、生かされない)
サトウの中で「母ちゃん」が大きな存在なのは間違いない。
映画でも小説でも部下に「かあちゃんいねえのかよ」と問い、夏希を「かあちゃんだな」と言った。
サトウは夏希にも「3つの質問」をしたのではないだろうか?
海(カイ・行きたかった楽園・多摩恵とカイが見た紫色の海)
多摩恵を密かに愛していた幼馴染の名前、海(カイ)
多摩恵と海が母を失ったときに見た紫色の海。
夏希と子どもたちと多摩恵4人で行こうとしていた旅行先の海。
たどり着けない美しい夢のようだと思った。
楽園(人妻スナック・海と山が見える公園・平和で幸せな時間)
作中に何度も出てくる『楽園』というキーワード。
それは夏希が子ども時代に過ごした公園であり、平和で幸せな時間でもあり、いつか行きたい場所、なんでもある(大好物の餃子もある)ところ。
しかし、人妻スナック(吐くほど飲まされる苦しい職場)の名前でもある。
作中に登場した3つの絵画のひとつにミケランジェロ『原罪と楽園追放』がある。

多摩恵のデリヘル先のホテルファニーズで、夏希が清掃していた部屋に飾られていた。
智慧の実を食べたアダムとイヴは恥(裸でいる自覚)を知り、楽園から追放されている。
合成麻薬MDMAは(智慧の実の逆)?
夏希は合成麻薬MDMAを口にしたのではないだろうか?
アダムとイヴとは逆に、苦しい現実という知から目を逸らすために。
貧しくとも仲の良い家族の時間という楽園から、偽物の楽園(虚構の幸福)へ。
泣きながら子どもに「アホなかあちゃんやな、ごめんな」と謝っていたのは、薬物に逃避したことではないかと思う。
生きててよかった(深夜高速)
夢のなかで暮らしてる
夢のなかで生きていく
生きててよかった 生きててよかった
トイレで目覚めた夏希がスナックで叫ぶように歌っていたカラオケの歌詞。
夢と幻想と現実が混ざっている
たぶん、夏希に見ている世界は現実だけではない。
こうだったら良いな、という夢(楽園)も混ざっている。
ラストのナイトフラワーを背に4人で笑顔で抱き合っているのは、妄想。
なぜなら、ナイトフラワーは夜にしか咲かない花だから。
ママ(夏希)のためだけに咲く花。
縁起悪い、とスナックのママに押し付けられた花。
その花が咲くのは、夜か、夢(妄想)の中でしかありえない。
夏希は生きている。
ただし、夢のなか(麻薬の見せる生きたかった世界)を生きているのだと思う。
冒頭とラストで重ねられた叫び「小太郎、行ったらあかん!」
目を覆って塞いだから、なにがおきているのかは見えない。
ラフォリア(バイオリンの曲)
「狂気」「常軌を逸した」という意味がある。
小春の弾くバイオリンの曲であり、多摩恵が格闘技の入場曲にした。
ママ、ちゃんと見なアカン
真実の世界は、小春が見ている。
殴られて血だらけになって倒れている多摩恵。
ハサミで切られたバイオリンの弦。
基礎が出来ていないと指摘された上級の教室。
知らない女の人が鞄から出した黒いなにか。
つまり?
合成麻薬MDMAの顧客女子大生の母(院長夫人)に小春は撃たれた。
小太郎は行っちゃアカンところに行った。
多摩恵はアパートに来なかった(処理された)。
海も処理された。
小説にははっきりと、夏希は売人を辞めてまじめに働き、多摩恵は再度夢に向かってトレーニングし、小春はバイオリン上級教室で実力をのばしている━━と書かれている。
夏希の視点で。
わたしはこれは夏希の願望だと解釈した。
院長夫人の発砲音が現実なら、仮に小春が無事だったとしても警察の捜査が夏希まで届くのは間違いない。
順当にいけば夏希は逮捕される。
死んだ女子大生関連で警察にさぐられたくないから、サトウ一派は関係者を処理してまわっていた。
口を割られると困るから、死人に口なしにしている。
サトウの3つの質問は情緒的な意味もあるだろうが、より現実的には警察に元締めまで辿られないか?の確認作業でもあったと思う。
サトウ一派⇄海の先輩⇄海⇄多摩恵⇄夏希
サトウと夏希の間はけっこう離れているので、処理しなくてもそこまで危なくないと判断したのかも。
(描写されてないけど海の先輩も処理されてるかも)
や、そんなに甘くないな。
夏希が捕まってもサトウの組織のことを話さないと判断できなければ、処理した方がいい。
仲立ちの海よりも、死亡した女子大生と直接取引をしていた女ふたりの方がずっとずっと厄介な存在のはず。
薬物濫用で話せない状態(ずっと夢のなか)なら、わざわざ処理しなくてもいいということになる……というより、それ以外に生き筋が無い。
現実の夏希はMDMAのみせる虚構の楽園にいるのだと思う。

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