オートバイエッセイ「雨」MotoNAVI 2020.10 #108 掲載 | オートバイブックスの「エンジョイライフ」

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オートバイ関連専門書店・個人出版のオートバイブックス代表で執筆家、武田宗徳のブログです。著書にバイク小説「Rider's Story」シリーズがあります。エンジョイライフをモットーに日々奮闘中。

 雨

 

 二十一歳で初めてオートバイに乗り始めて、新たに加わったすることの一つに『天気予報を見ること』があった。今まで天気予報に無頓着だった僕は、オートバイに乗ることに夢中になると、初めて真剣に天気予報を意識するようになった。もちろん雨が降ったら困るからだ。
 雨の日は、オートバイで行くのをやめて電車やバスにするかそれともレインスーツなど雨具の用意をして早めに出るか、いずれにしろ考えていた計画を変えなくてはならない。
 本当は、晴れた日であって欲しい。だけど乗りたい日に必ず晴れるとは限らない。
 天気は、人間の手でコントロールできるものではない。

 

 会社に勤めていた頃、三十代後半まで自分のクルマを持っていなかった。勤め先までの片道十キロを、毎日オートバイで通勤していた。雨降りの日は早めに支度して、レインスーツを着てオートバイを走らせた。
 僕が乗り始めた頃でさえ「オートバイ用のレインスーツは何て快適なんだ」と感動した。高校の時の雨合羽は蒸れて暑苦しかった。透湿防水の効果を実感してから、多少高くてもオートバイ向けのアイテムに信頼を寄せるようになった。レイングローブもそうだ。濡れてもすぐ乾く・保温する素材のグローブを使った。

 雨の降る朝、出勤時に一度滑って転んだことがある。緩やかなY字路で、スピードを落として、ほんの少し左に傾けただけだったが、横断歩道の白線に乗ったのだろう、滑ってオートバイと共に倒れてしまった。時間帯だけに後ろに渋滞も作ってしまった。だけど、その時のことがあって思ったより簡単に滑るモノだと分かった。

 

 夜、会社から自宅へオートバイに乗って帰る時、今も覚えているほど大雨の日があった。風もあったと思うが、それより何より大量の雨がすごかった。レインスーツ越しに肩や胸に打ちつけられる大粒の雨が、痛みを感じるほど強烈だった。オープンフェイスのシールドは雨粒で覆われ、辺りは暗いから視界は最悪。レイングローブをした左手で、シールドを拭いながら家路を急いだ。とは言え、視界不良で大粒の雨が体に当たると痛いから、スピードは出せなかった。
 そしてここから更に雨がエスカレートしていくのだが、僕のテンションは下がるどころか、むしろ上がっていった。
「これはなんだ?」
 何故だか可笑しくなってきた。自然と笑いがこみ上げてくる。僕はシールドの内側で「ウオー!」と大声を出して、さっきより少しアクセルを開けた。大雨の中を、僕は笑いながら夜の田舎道を走っていた。

 

 ある春の休日。その日は雨が降ると分かっていた。だけど休みの日でツーリングに行けるのはこの日しか無かった。これを逃すと、だいぶ先まで別の用事で埋まっていた。
 春雨の降る日に、僕はオートバイに乗って山梨県へ向かった。もう十五年以上前のことだ。そのとき河口湖や山中湖の観光名所を回ったと思う。静かに降る春の冷たい雨に打たれて僕の体は芯から冷えていった。雨水が容赦なく入り込んだショートブーツの足先は痺れて痛いほどだった。震えながら近くの日帰り温泉施設に入った。体は温まり、体を休めることができた。ずっとここに居たかったが、帰りが遅くなってしまうから、重い腰を上げてライディングウエアを着始めた。
 隣に居たおじさんが「こんな日にバイクか」と声を掛けてきた。そして「休みの日しか乗れないもんな」と言った。バイクに乗る人の気持ちを分かってくれているようなセリフが、嬉しかった。

 せっかく温まった体もオートバイで走り出してしまうとやがて体は冷えて足先も痺れてくる。手足はかじかみ、体は震え、泣きたくなるほどだったけど走るしかなかった。
 遅い昼食と暖をとりたくて凍えていた僕は食堂に入った。ストーブが炊いてあった。「温まっていきな」と店主の声掛けに甘えて、僕はブーツを脱いで濡れた足をストーブに近づけて温めた。このあと帰宅に向けて走り出せば、また体が冷えてしまうのは分かっていたけど。

 二十代の僕は春の山はまだ寒いことを知った。
 人は温かい、というのも。

 

 雨の休日にオートバイに乗って出かけることは何か理由が無い限り恐らくないだろう。乗るのはやっぱり快適な晴天の日に越したことはない。
 だけど記憶に残るオートバイとの思い出は、楽しかったことよりつらかったことの方が多い。


 2020年今年の梅雨は長すぎた。思うように乗れなかった人も乗れた人もいるだろうけど、いずれにせよ今年の長雨とオートバイとの思い出は、十年後、二十年後も、あなたの記憶に残っているかもしれない。

 

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