システムの開発で最近よく聞く「アジャイル」。
そして仕事柄、「アジャイルってなーに?」ってよく聞かれる。
そして大体誤解している。
「アジャイルで早く作れるの?」
「アジャイルで安く作れるの?」
「アジャイルで上手くつくれるの?」
答えは、YES。
早くて安くて美味いものが作れます。
すると「じゃあやろう!」と、アジャイルなるものをやってみて、
遅く、高く、不味くなります。
これだけだと「なにいってんのおまえ?」といわれること間違いないないので、
自分なりの補足をします。
おいしいものが食べたくて、都会の五つ星のフランス料理店に行ったとします。
わざわざ料理をオーダーして、そして食べたら口に合わない。
不味いから作り直せって言えますか?
たぶん、不味くても「きっとこれがおいしい味なんだ」と思って食べることでしょう。
そして、オーダーメニューにあったお金を払って、
お店をでて「おいしかった???」とヒソヒソ。
ところ変わって、近所の料理屋。
わざわざ料理をオーダーしたら、出汁で味見(ちょっと薄い)。
煮てる最中に味見(まだ固いよ)。
盛り付けるときに「こんな感じ?」(タンポポ載せなくていいし)。
そして食べたら家庭の味。
店主に「こんなけ料金かかっちゃたからよろしく!」といわれて、しょうがないなーと支払しつつ、
店をでて「家の味と変わらなくない???」とヒソヒソ。
フランス料理店はきっと、本場に飛行機で行って食べるよりも早いし安い、そして世間一般に美味いのでしょう。
近所の料理屋も、さくさく作るんだから
早いし安い、そして自分の家の味を不味いといえる人もいないでしょう。
さて、どっちがより価値があるのでしょ?
アジャイルは近所の料理屋。
頼むほうも最初から期待しちゃいけません。自分がおいしいと思う味にしていくのです。
作るほうも、奢ってはいけません。単純に相手に合わせて作るのです。
そして、かかったお金は自分が味見してケチをつけたんだから、その分は払わなきゃいけません。
アジャイルという言葉に踊らされて失敗しているのはすべてこの逆。
「今回はアジャイルでやるからすごくおいしくなります!」と利用者を期待させて
「アジャイルでやってるから文句ないだろ?」とベンダーは奢って
「元々予算これだけしかないから…」と利用者は支払に上限をつきつける。
アジャイルはやり方じゃなくて、単なるスタンス。
きっとフランス料理店のほうが、システマチックでかっこいい。
そして、利用者もおしゃれでシステマチックなフランス料理店にあこがれる。
料理はシステム的な無機物ではなくて、
食べる人の好み、作る人のまごころといった有機的な世界のもの。
これがそのままシステムにも当てはまって、
システムはシステム的な無機物ではなくて、
使う人の好み、作る人の親切といった有機的な世界のもの。
システムなんだからシステマチックにできるはずと思う人もいるかもしれないが、
それを持ち出すと地球ですら物理学で説明のつくシステマチックなもの。
でも、それに空がきれいとか、夕日が赤いとか有機的な視点を入れているのもまた人間。
アジャイルは方法論や手段ではなくて、単なるスタンス。
ともすればシステマチックにとらえられてまうITを、いかに有機的なものとして扱うか。
これがアジャイルの神髄であり、知らない人間にとっては一番勘違いされるところなのだろう。