逃げるという言葉はとてもネガティブに受け止める言葉ですが、簡単にできることではありません。
逃げる必要があると察知しないといけないですし、それが危険なものであるという知識も必要です。
コロナ禍のときに、わざわざ密に行ったり、近い距離で話したりしませんでしたよね。
おそらく人間や動物には危険を察知し、身を守る能力が備わっていて、無意識に避けるべき、逃げるべきと感じることもあるでしょう。
対象が危険物や、危険な状況であれば避けたり、逃げたりしますが、対象が人や職場環境、学校環境となると、逃げずに我慢することもあるのではないかと思います。
それは、逃げたらダメだという世間体、周りからのアドバイス、自分への叱咤激励、あるかと思いますが、逃げたほうがいいと感じたらやっぱり逃げるべきだと思います。
逃げるという表現に違和感を感じるなら、避けるでもいいでしょう。
このまま我慢したらおかしくなる、避けたいのにまた接触しないといけない、その場にいかないといけない、体がそう察知してくれているのなら、やっぱり避けるべきです。
わたしも過去、転職をしたり、合わなそうな人とは最低限のやりとりに済ませたり、最近では気の乗らない懇親会には参加しないようにしています。
身近な例で言えば、本も思っていた内容と違うなと思ったら、前は無理にでも最後まで読んでましたが、今はすぐに別の本に切り替えたりします。
我慢というか、目標や目的がはっきりしていて、その過程において乗り越えるべきハードルであれば、向き合う必要はありますが、そうではないものに無理に向き合う必要もないと思います。
ハードルでさえも、越えるのではなく避けて、最終的に目標に到達できればいいんじゃないでしょうか。
気持ちが重くなる、その場に行きたくないと体が反応する、せっかく危機察知能力を発揮してくれているのなら、危険なものは避けましょう(逃げましょう)。
それに対して何か言う人がいれば、言わせておけばいいんです。
危ないものは、避けること、逃げることです。
向き合い、越える壁であると思ったときだけぶつかるようにすればいいのです。