「人は簡単に変われない」「相変わらずだね」「マンネリの毎日だ」

 

変化は簡単にできるものではないという印象があると思います。

 

でもそれは大きく変わらないといけない、見た目が違うほど変わらないといけない、人が変わったくらいに変わらないといけないと思うからではないでしょうか。

 

ちょっと変えてみるだけで視点が変わり、気分が変わり、新しい気持ち、新しいアイデアが出ることがあります。

 

いつもより早く起きてみる、いつもと違う電車の車両に乗ってみる、いつもと違う服を着てみる、いつもと違うペンを使ってみる、いつもと違う道を歩いてみる。

 

大小関係なく、ちょっと変えてみることでいつもと違う気持ちになります。

 

それは例え人に言われることではなくても、自分の中でもちろんいいんです。

 

ちょっと変えたらなんか違う気がする、じゃあもうちょっと変えてみるか。

ちょっと変えたら新しい景色が見えた、じゃあまた違う道を歩いてみよう。

 

そうやってちょっとした変化でもするリズムができたらいつのまにか大きな成果につながるかもしれません。

 

自分に特長がないというのと同じように、特長も変化も大きいものじゃなければいけないと思いがちですが、それは見た目だけの話で、大小では決してないです。

 

そう考えると、毎日変化し続けることもできますね。

 

何でもちょっとを大事にしたいですね。

わたしは会社の状況によって別の業務を行うこともありましたが、基本は本社管理部門と呼ばれる財務・経理・労務・総務の仕事をずっとやってきました。

 

これらの仕事はできて当たり前、目立つことはさほどなく、ミスをすると逆に目立ってしまうところがあります。

 

このような仕事に対し、ちゃんとやっていることをしっかり評価してほしい、もっと褒められたい、ありがたみを得たいと思う人もいます。

 

わたしは目立つよりも淡々と、どの会社にとっても必要なパーツなので、ミスなく普通にやっていることが大切だと思っています。

 

この当たり前のことを当たり前にやる、どの分野でも当てはまりますが、言葉以上に難しいと思います。

 

先ほどの例のように、何とか目立ちたいので当たり前ができていなかった、こともありえます。

 

社員の給料は、内容にミスがないことが当たり前で、給料日に給料が振り込まれるのも当たり前です。

 

当たり前のように早起きが定着している、当たり前のように毎日運動をしている、当たり前のように挨拶をする。

 

当たり前は自然とも言い換えることもできます。

 

目立たないからこそ当たり前になった。周りが気にしなくなったことこそ当たり前になったと言えます。

 

そしていつか当たり前にやっていることが実はすごいことだった、自分は当たり前だと思っていたことが、周りにとっては当たり前じゃなかった。

 

そこまで当たり前を高められたら、目立とうとしなくても勝手に当たり前に注目されるようになります。

 

当たり前に凄味ができるまで、当たり前を継続して、質を上げることをやってみましょう。

 

 

今は個の時代、個性を大事と言われます。

 

これは、働き方にリモート、在宅勤務など多様性が出てきたり、終身雇用から転職が当たり前、副業しながらなど、以前とは違う働き方ができていること

 

YouTubeやTikTokなどSNSで自己主張ができる機会が増えたことなど、様々な要因があるかと思います。

 

そんな中、自分は個性を出していきたい、個性的になりたいと思いますか。

 

心配しなくても、存在しているだけで充分個性的だと思います。なぜならこの世で唯一無二の存在だからです。

 

個性的じゃないと感じるのは、すごい才能があるわけじゃない、特別な知識、スキルを持っていない、平凡な毎日を送っている、からでしょうか。

 

確かに目立つことをしている人、目立っている人は個性的に映るかもしれませんが、それは見えている世界だけのこと、知らないところでコツコツ頑張っている人はたくさんいます。

 

またある人を真似てみよう、全く同じことをやろうとしても、完全にその人にはなれません。

 

24時間一緒にいるわけではないでしょうし、そもそもその人ではないので、見た目は似せられても、中身、考え方、志向までは一緒にできません。

 

要するに、個性的になろうとしなくても勝手に個性的になってるから大丈夫ということです。

 

むしろ個性的になることを意識しすぎて、会議があったら何か言ってやろう、自己主張をしてやろうとする方が、人の話を素直に聞けず、せっかく考えを吸収する時間がもったいなくなります。

 

個性を意識して周りが見えなくならないように、自分は他と違うと思いすぎて無理に別のことをしすぎないように、なんでも受け入れることでそれがその人の個性につながるのではないかと思います。

 

存在そのものが個性的です。何も心配しなくて大丈夫です。

 

 

あのときこう思っていた、こうしようと思っていたけど今は違う、こういったことはよく起こることかと思います。

 

わたしもこれまでは独立・起業をするとは考えてもいませんでしたし、あったとしてももう少し先かなと思っていました。

 

意識や行動、考え方が変化するということは進化しているということです。

 

やりたいことも、ある時点で思っていたことと、今では異なるかもしれません。

 

小さいころの夢も、大人になるにつれ変わってくる方が多いでしょう。

 

だから、変わることは当たり前のこととして捉えれば良いと思います。

 

対照的な言葉で、「初志貫徹」という言葉があります。

 

これは、最初に決めたこと、初心を最後までやり遂げるという意味ですが、この言葉でも、忘れてはいけない初心と、貫徹しなくてもいいことがあると思っています。

 

初志貫徹で何かをしようとするときに、お客様のことを第一に考える、丁寧な対応を心がける、例え自分に不利益になったとしてもきちんと事実を伝えるなど、指針的な部分は初志貫徹するべきでしょう。

 

一方で、必ずこうなる、絶対これをやる、という初志貫徹は状況によっては貫徹しなくていいと思います。

 

指針的な部分が貫徹できているならば。

 

以前こう言っていたということを変えるとき、言ってることが違うよね、前はこうするって言ってたよね、と周りが指摘することがあります。

 

それを言われるのが嫌で、変えたいのに変えられないというのが一番もったいないことです。

 

そのときそう思っていただけのことで、今の状況でまた違う考えができているならばそれは進化そのものです。周りにどう言われようと。

 

自分の中でも、何か心境に変化があったとき、また違ったことをやりたくなったとき、一貫性がないと思うのではなく、柔軟に考えられてると思えばいいのです。

 

変化は進化、どんどん変化していきましょう。

独立し、やる方向も決まりつつあり、そろそろホームページ作成など告知をしようと思っています。

 

万全な状態で告知をしたい、新しい事業を行っていきたいという気持ちはあるものの、そもそもそれほど用意周到でいたわけではないので、やりながら都度改善していく方が良さそうです。

 

このブラッシュアップ(磨き上げる)前提で物事に取り組むことはとても大事であると考えます。

 

何か企画を作るとき、提案をするとき、作品を作るとき、要するにゼロから何かを作るとき、完璧に仕上げてやろうと思いがちになり、出来上がりを指摘されるとガッカリするということがあります。

 

わたしもなるべくなら意見を言われたくないと思うこともあります。

 

しかし、始めから完璧なものができないのは当たり前であり、そのつもりでやらないと勿体ないとも言えます。

 

自分が作ったもの、考えたものはあくまで自分の知識、主観で出来上がったものです。

 

それに対し、より良いものを作ろうと他の人が意見を言う、こうした方がいいんじゃないと言ってくれることはとても貴重なことです。

 

それを自分のこだわりだか、プライドだかで拒絶しては、自分の能力の範囲で限界を作ってしまうことになりかねません。

 

ゼロから何かを生み出すときは、早く形を作り、ブラッシュアップを繰り返したもの勝ちであると思います。

 

(自分の中で)完璧なもの、より良いものを作ろうと1ターンをしている間に、多少不完全でも形を整えブラッシュアップを繰り返し、2ターン、3ターンをする方が良いものができあがるのではと思います。

 

そう考えると、始めからブラッシュアップ前提で取り組むほうが、意見があって当たり前、手直しがあって当然と思えるのではないかと思います。

 

とりあえずやってみて、結果を見てやり直すことも同じです。

 

独立・起業も、資金や設備が万全な状態になってからやるよりも、多少不足する面があっても、まずやってみる方が色々なことがわかります。

 

とりあえずある程度形ができたらやってみる、見てもらう、そして指摘をされ、意見を言われたことを反映して手直しし、また見てもらう。

 

始めから完璧なんてありえない、やりながら仕上げていく。この意識が結局短時間で質の高いものを生むのだと思います。