今回からしばらくの間、カナダでのカレッジ生活全般を題材にした自伝小説を執筆していきます。一部脚色なども含みますが、この二年半のカナダの片田舎での楽しくも、難しかった日々をありのまま、これから留学を考えている方などの助けとなるようお伝えしていこうと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
【あらすじ】
高校卒業後、一度は社会にでたものの長続きせず、家にこもる日々やフリーター生活をおくっていたりして、次第に自分を見失いかけていたわたし。そんな中かねてから夢見ていた海外留学へと行けるチャンスが与えられ、カナダの片田舎にあるカレッジに入学。人口11万の慣れ親しんだ都会生活から無縁の田舎での孤立無援の2年間の留学生活へ2022年の正月に日本を出国。カレッジでの生活、そして地元での新たな出会いを経て徐々にカナダ生活に染まっていくまでの道のりです。
【連載小説】The Castle 水の大地の留学生:(第一回)日本出国
慣れ親しんだ地元の駅。
どこかへ出かけるときや、高校3年間の通学に利用していたその駅はまさに地元への入り口であり、出口であった。
そんな慣れ親しんだ、駅の風景も今日だけは全く違って見えた。
元日ということもあり、人の流れはまばらではあるものの、どこか周りは新年のあの楽し気な希望に満ちた雰囲気。
そんな中、大きな旅行鞄を持ち、これでもか、という具合まで物を詰め込んだ登山用のザックを背負ったどこか不安げな表情をした1人が改札の前に立っていた。
「そんなに荷物もってるけど、何入れてるの?」
幼稚園からの友人のひとり、中内がわたしに問いかける。
「んー、パソコンとか日用品。あとはほぼ衣類かな。」
これまで関東の、しかも首都圏にしか21年の人生で住んだことがなかったわたしは、温暖化の影響で変わり果てた冬とも呼べないような暖冬しか経験したことがなく、これから暮らす予定のカナダの片田舎の冬がどんなものなのか、全くの未知数だった。
「とりあえず、それだけ服あるなら大丈夫だとはおもうけど、、」
同じく幼稚園からの友人、川井がつぶやく。
「問題はお前がカナダの冬、、いや、カナダ生活そのものに耐えられるかどうかだろうな」
中内が続ける。
2022年1月1日、わたしはカナダのBC州にある片田舎のカレッジにて2年間の留学生活を開始すべく、慣れ親しんだ地元を離れ、成田空港へと向かおうとしていた。21歳の冬だった。
勝ち目のない大学受験に早々に見切りをつけ、高校卒業後、一度は就職をしたものの、長続きせず自宅にこもる日々を送ったり、俗にいうフリーターとして様々な職を転々とする日々を数年過ごした後、このままでは腐りきってしまう、という危機感が日に日に大きくなりつつあったこともあり、かねてから夢見ていた海外留学を本気で計画してその機会があたえられたのであった。
渡航先に選んだのは北米のカナダ。公立の学校を卒業すると、最大3年間の就労ビザが発給されるということや、ほかの英語圏に比較して費用が安い、ということが主な理由だった。
生まれてからこのかた、旅行程度では海外にいったことはあったものの、現実に一人で暮らし、それも決して優秀とは言えない学業を英語で他国で追及するという決断を下した自分を今になって恨み始めるようなくらいに、出発を目前に控えた今不安が大きくなっていくのが自分でもよくわかってきていた。
「しかし、お前の他人とずれた物事の考え方や、昭和の古臭い根性論好きな性格なら何とかなるとは思うけど、、」
「それに、今までも破天荒な人生を送ってきているわけだしね」
中内、川井がともに続ける。
この2人はともに数十年来の付き合いのあるいわば、幼馴染。幼少のころからわたしのことを知っている二人にはせいぜいまたあいつが何か始めるのだろう、、くらいの感覚しかないようで、とてもこれから太平洋を何万キロも超えていく人間を送り出すといった緊張感はなく、つとめていつも通りのあっさり具合だった。
「さすがにもうここで失敗するわけには、、すくなくとも英語を身に着けて、そして学位を取らないことにはもうあとはないよ、、」
高校以降の顛末を誰よりも知っている2人を前にもう逃げ道はない、と改めて自分を鼓舞、というよりも、もうここまで来たらやるしかない、と自分を半ば脅迫する。
「しかし、ようやくお前も自分のやりたいことに本当に向き合えるのはいいじゃないか。やりたくもないことで無駄な日々を送るよりこれから冒険に挑むほうがよほどお前らしいよ」
「俺はもうここから働くだけの日々だし、、むしろ海外に挑戦できることはうらやましいくらいだよ、、」
普段の二人からは想像もできないような言葉に幾分気が和らぐ。
「そうかな、、とりあえず最初の半年、これを乗り越えることを目標にしてみるよ、、2人も知っての通りぼくは飽きっぽいからね」
「本当にできるのか笑 そうだ、そろそろ時間だろ?これで本当にお別れだ。ついたら連絡ぐらいしろよ?」
「頑張って!」
照れくさいような、うれしいような、そんな2人に半ば送り出してもらうように改札を通り過ぎる。
「それじゃあ、また、、ついたら連絡するよ、、」
最後に2人に向き直って電車へと進む。
背後には間違いなく友2人の視線がわたしをとらえていたが、もう振り向くこともせず、覚悟を決めるかのように前へと進む。
その後、一路成田空港へと向かい、出国、搭乗手続きを流れるように済ませ、いよいよこれから太平洋を越える飛行機へと乗り込む。
このころになると、いつもの旅行前の様な高揚感は皆無でむしろこれまに感じたことのない不安感に支配されて、一歩を踏み出すごとに足がまるで紙が破れるかのような有様にすくんでしまっていた。
「Wecome on bord」
自分よりもはるかに長身の客室乗務員に案内され着席したバンクーバー行の飛行機内はすでに自分の見知った、同一人種のみの空間ではなく、多文化多人種のカナダを早くも彷彿させる様子だった。
「これから太平洋をこえて、しかも片田舎で2年も一人でくらしていく、、ほんとうにできるのか?」
不安が最高潮にたっするころには飛行機はターミナルを離れ今にも離陸しようとしていた。
「頼む、、このまま離陸が中止にならないかな、、」
悪あがきが当然かなうこともなく、コロナ禍の空席が目立つボーイングは鳥のように軽々と空へと飛び立っていた。
眼下には元日の夜景が光る大地がまるで送り出してくれるかのように窓からみえる。
「すごい、、」
ふと涙があふれていることに気が付く。先の見えない閉塞した日常を全て地上に残して新しい日々へと飛び立てたうれしさなのか、はたまた抑えきれない不安によるものなのか、その時はただ涙が止まらなかった。
飛行機はオホーツク海、ベーリング海を超えいよいよバンクーバーへと降下を始めた。
雲のためか何も見えないまま、大きな衝撃とともに着地した異国の地。
「ここが、バンクーバー、カナダなのか、、」
辺り一面銀世界の紛れもない、太平洋のかなたの異国の地にわたしは降り立っていた。
つづく