「信じられないな」

驚くハージン。

 

沈んだ様子のレナンなど、今の様子からは想像もつかない。

完全に村一番の元気娘といった具合だ。

 

「頼まれてもいないのに、毎日バードの事を探して帰ってはレナンに状況を報告する…修行のかたわら、毎日のように同行させられてる身になったら笑えませんが、一生懸命、レナンの笑顔を見たくないのかって説得されたら…ねぇ?」

 

聞こえよがしに声を強めるシレイスに、余計なこと言ってんじゃねぇとでもいうような視線を向け、立ち上がりかけたディエマだが、シチューのおかわりが運ばれてきたため再び席に着く。

 

「バードを探してって?」

「あ、すいません。ハージンは知りませんよね。6年ほど前でしょうか。シドに連れてこられたとき、バードはいなかったのです。レナンはまだ4歳くらいでしたが、誰も頼れる人がいなかった。飢えかけて倒れているレナンをシドが見つけて連れてきたんですが、戦火から逃れる際に離れ離れになったようでバードはいなかったんです」

 

そういえば、バードはどこにいるのだろう。

目線を走らせるが、いる様子がないことに気づくハージン。

しかし、深く考えることはしなかった。

 

出会った時、あんなに妹の心配をしていた兄が、こうも無関心で、そばにいない事に気づければ違和感がうまれたはずなのだが、そうはならなかったのである。

 

続くシレイスの言葉に耳をかたむけるだけのハージン。

この後生まれた別の違和感に気を取られた事もバードの不在に疑問を持たなかった要因だった。

 

「戦争が終結するのがもっと早ければ、バードとはぐれることも無く、レナンがシドに保護されることも無かったかもしれません」

 

「終結がもっと早ければ?戦争って、そんなに最近の事なのか?」

「えぇ、最近といっても数年前にはなりますが…リンネ、ハイエル、シュッテンダール…3強と呼ばれた大国が新興のフィンネルに統治されるまでのシュッテンダール戦争…大いなる大戦とも呼ばれています。記憶にないですか?」

 

記憶にない…

口にしようとしたハージンの動きが止まる。

 

この世界にきて、何度か聞いた戦争というワード。

これまで、

 

 記憶がない…

 記憶喪失だから仕方がない。

 

それで片づけてきたが、記憶にないかと改めて聞かれたことで、自分の中の違和感が思いのほか大きくなっていた事に気づくハージン。

 

「シュッテンダール戦争…」

 

頭の中で何度繰り返してみても、記憶なんて…無い

 

「リンネの軍でレイドルフ卿の配下だったシドが英雄として称えられた戦争でもあります…一説では彼の活躍でこの戦争が終結に向かったとも言われています」

 

英雄シド…

 

その戦争において自分はどちら側だったのか…

勝者側なのか、敗者側なのか…

英雄とされるシドは勝者側なのだろう…

 

もし自分が敗者側の人間だったなら、シドは敵だったということになる…

 

いくら頭の中を探ろうと記憶が見つからない…

それは自分が自分であるためのバックボーンが無い事のように思えた。

 

その事実に今更になって恐怖をおぼえるハージン。

 

 俺は…何者なのだ?

 どこのだれで、どうあるべき人間だろう?

 正義なのか悪なのか?

 

今の自分の正義は本当の自分の正義ではないかもしれない…

 

まるで大海に放り出されたような途方もない虚無感に支配されるハージン。

 

そんなハージンに怪訝な顔を向けつつ、シレイスは続ける。

 

「英雄シド…本人はそれを良しとはしていないようですがね。英雄としての自分を受け入れていれば一国の王としての地位を手に入れ…この村が築かれることもなかったでしょう」

 

「一国の王?」

「最後に仕えたフィンネルの今の王様より、英雄としての功績を讃えられ、広い領土と国を与えられるはずでしたが、彼は断ったのです」

 

「な、なんで?王様なんて、そうそうなれるものでも無い」

 

「不思議ですよね。私もそうでしたが、村のみんなが一度は聞く質問です。彼はいつも申し訳なさそうに答えます」

 

 俺はたくさんの命を奪った重罪人…英雄なんかじゃない

 

「戦争に勝つために…何人の命を奪ったことか。勝てば正義なのか?誰かにとって大切な人の命を奪ってきた…ただの人殺しだ…そう言うんです。確かにそうだという人間もいるのかもしれません。しかし、命を奪ったばかりなんかじゃない。ここアゼク村の人間にとって…シドは恩人だ。我々にとって、シドは家族であり、命や心を救ってもらった恩人なのです。人殺しなんて言わせない…」

 

           ~続く~