イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の神様は、みんな同じです。
ヤハウェ(エホバ)です。
え?
たしか、イスラム教の神って「アッラー」だと聞いたことがあるけど?
アラビア語で「神」のことを「アッラー」と言うのであって、イスラム教の神がアッラーなのではありません。
英語で神のことを「ゴッド」と言うのと同じです。
イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の神様は、みんな同じです。
ヤハウェ(エホバ)です。
え?
たしか、イスラム教の神って「アッラー」だと聞いたことがあるけど?
アラビア語で「神」のことを「アッラー」と言うのであって、イスラム教の神がアッラーなのではありません。
英語で神のことを「ゴッド」と言うのと同じです。
食べ物の好き嫌いでも、似たようなことがあります。
僕は実はキュウリが苦手です。
それを話すと、
「えーーー、どうして?美味しいのに!」
という反応が返ってくることが圧倒的に多いです。
訳を聞かれても、実は困ってしまいます。
強いて言うなら、
「美味しいと思わないから」
ですが、全く答えになっていません。(汗)
「えーーっと、青臭い感じが嫌なのかなぁ…、モゴモゴ」
食べ物の好き嫌いが全くなく、何でも美味しく食べるという人は、本当にうらやましい限りです。
でも、嫌いな食べ物のある人は結構いると思います。
「トマト嫌いなんだよね」
「鶏肉の独特の匂いが嫌!」
「ピーマンだけは絶対ダメ」(クレヨンしんちゃんか)
いろんな「嫌いな食べ物」を聞いて、もっともナンセンスな反応は、
繰り返しますが、
「どうして?美味しいのに!」
です。(笑)
好きな人にとっては、当然の「美味しいのに!」
ですが、嫌いな人にとっては、美味しくないのだから仕方ないのです。
人の好みに「論理的な理由」は存在しません。
これは、何も食べものに限ったことではなく、
「ダメな奴なんだけど、かわいい」
「何となく、あの芸能人嫌いだ」
みたいなことも多いですよね。
人は、自分こそ、デフォルトで、スタンダード、標準的であると思いたい
のかも知れません。
人は「自分の知っていること」は、常識であると思い、「自分の知らないこと」は、さほど重要な情報でないと思う傾向にあるんじゃないか、とずっと思っています。
自己肯定感の強い人、自信過剰な人は特にその傾向が強い気がします。
地元ローカルな話題で、
「私の故郷の○町は、□で有名なんですよ。」
と言われ、
僕が、
「あ、そうなんですか?□とは何ですか?」
と聞くと、
「え!ご存知ないですか?」
とビックリされたことがありました。
後で調べたら、ものすごくニッチで聞きなれないモノで、うーん、それを知っている人の方が珍しいのになぁ…とか。
あと、業界内でしか通じない隠語や符丁なのに、知っていて当たり前のように話す人。
楽器を販売している会社の人が、
「財団がですね、どうも▽■※…、」
とおっしゃるので、
「すみません、財団とは何ですか?」
とお尋ねしたら、
「え?ヤマハに決まっているじゃないですか。」
と言われたことも。
今はどうか知りませんが、僕が就職活動をしていた数十年前(汗)のこと。
総合商社と言えば、三菱商事、三井物産、丸紅などありますが、伊藤忠商事は
「伊藤忠」、住友商事は「住商」などと略していました。
でも売上高ダントツNo.1の三菱商事のことは、「商事」でみんな分かるとのこと。
「商事(しょうじ)と言ったら、伊藤忠とか、住友商事じゃなく、ウチ!ウチに決まってるっしょ。」
という特権意識から来るのかなぁと思ったことがありました。(笑)