あるラジオ番組で触れていたのですが、僕なりに広げてみたい話題があります。
関西人あるあると言うか、関西人にしか共感できないものに「知らんけど」「知らんけどな」があります。
「駅前に出来たたこ焼きの店、めっちゃ美味いらしいで、知らんけど」
「いやいや絶対違うと思うで、知らんけどな」
僕は兵庫県出身ですが、東京の生活の方が長くなってしまいました。
東京の大学に通い、東京で就職し、女房が東京出身なので、普段は東京弁?を喋っています。
でも兵庫の両親や弟、妹、友人と話すときは自然と関西弁になります。
東京弁と比較して、関西弁は余計なものをくっつける習慣があるような気が、ずっとしていました。
言い出しにしても、すっと話し出せばいいのに、
「いうてもな」
「正味な話な」
「こんなん言うのもアレやけどな」
あと赤井英和風に
「まま、あれですけどね、」
とか(爆)
なぜ関西人は話のはじめ、終わりに余計なものを付けるのか?
「知らんけど」と聞くと関西人以外の人は、そこに無責任さ、言い訳じみたニュアンスを感じ取るかも知れません。
でも違うのです。
これは「断定することを恥じる文化からくる、控えめなへりくだり表現」なのです。
前述した「正味な話な…」なども、これから話す内容を自分(話し手)は真面目に捉えている、だから真剣に聞いてほしいという事前の情報提供、相手に対する配慮なのです。
東京弁に訳すなら、
「真面目な話をしますので、(心して聞いていただきたい)」
ということなのです。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
全部嘘でした。
はんどたおるが創作したお話です。
だって、東京弁でも
「正味な話な」の代わりにキムタクが流行らした「ぶっちゃけ」とかあるし(^_^;)
「こんなこと言うのもあれですけど」など普通に言うし(;´д`)