朝のカフェで
 
いつもの儀式のように
白紙のノートに向かって、
心の中に溜まったあれこれを
書き連ねていた。
 
 
一人のお客さんが目に留まった。
 
詳しいことは、今は書かないのだけど
 
わたしが 選ばなかった
選択をした人だな、と思った。
 
 
ざわりとした。
 
 
 
 
 
 
見ないふりもできた。
そのまま蓋をして、
そっと仕舞っておくことも、できた。
 
 
けれど
せっかく今は、
ノートを開いてペンを持っているのだから
 
そのまま
 
ざーーーーっと
その想いを
書き出してみることにした。
 
 
 
いいなぁ。
やっぱり、そうしたかったなぁ。
ただ、それだけの話。
 
それはたぶん、難しい選択だった。
物理的に不可能、じゃないけど
多分、それをしたら
確実に消耗していたと思う。
 
 
仕方ないこと。
 
その反面で、
あぁわたし、まだ
心残りがあったんだなぁ。
 
 
それに気づいて見つめた、朝だった。
 
 
 
いくらでも
できなかった理由を並べて
じぶんを 納得させることはできる。
 
けれど、
そうして追いやった感情は
処理されないまま、
いつか
心の中で目詰まりを起こすことがある。
 
 
いいなぁ。
その景色を見たかったなぁ。
あるかもしれなかった、過去の話で
未来 ですらない。
 
それをこんなに、求めていた自分が
いたんだなぁ。
 
書くことで初めて、知る。
びっくりだよ。
 
 
 
 
丁寧に掬い上げて、言葉にして
心の声を聴く。
 
 
そして、じぶんに聞いてみる。
 
 
 
『生まれ変わったら、で いい?』
 
 
 
 
 
 
想像の中で、どこか
木と草がいっぱいの空の下で
笑いころげてる
自分がこっちを見て、手を振った。
 
 
生まれ変わったら、でも いいよ。
 
 
想像の中で、
 
物語の中で
 
 
わたしの叶わなかった望みは
きちんと、見つけてもらえて
解放されて。
 
 
さっき、手を離れていった。
 
 
 
そんな 朝の話。
 
 
 
* * * * * * *
 
 
 
 
 
今朝の話は、そんな結論になったけれど
 
「生まれ変わったら」で、
 もしも、
 心がざわりとしたのなら
 
 
どれだけ時間とエネルギーが
必要だったとしても
叶えてあげる価値のある
望み、なのかもしれない。
 
 
そんなことを思います。
 
 
 
 
 
生まれ変わったらシリーズ
 
 
こちらでも 少し似たことを。
 
 
 
 
 
お読みくださり
ありがとうございました。
 
明日もあなたが笑顔でありますように。
 

もう、2021年も2月だと言うのに

 

2020年の紅白歌合戦のことを

思い出して、ぽつぽつと書いています。

 

 

コロナ禍で、

色々と試行錯誤しながら

 

例年のような、わちゃわちゃした

賑やかなお祭り感を

削ぎ落としていった結果


 

シンプルな、

「歌を届けたい」という想いが

残った。

原点回帰のような番組だと思った。

 


あれくらいシンプルだと、果たして

「紅白」と、それ以外の音楽番組の

違いはなんだろう、って少し思ったけれど。

 


きっと

 


お家で「紅白」を観て

「いつもと変わらない」

年末を過ごせること、そのものが

多くの人にとって

希望になり得たんじゃないかと思う。

 




「変わらないこと」。



 

私たち個人も、企業も

 

否応無しに

変化することを迫られて


適応できた者が

賞賛される世の中で

 


適応することに精一杯で。

 

 

「ほんとうは変わりたくなかった」って

 


いつの間にか


少しずつ、言えなくなって

その痛みがあったことすら

少しずつ、忘れてきたような気がして。

 

なんとなく、そのことを

今日は考えていた。

 

 

 

新しいSNSである
clubhouse が、

リアルタイムな音声だけで
アーカイブも残らないと聞いて。

あぁ、みんな
普通に会えた時みたいに、したいのかな。


ふらりと集って、他愛のないお喋りを
できる場所が、必要なのかな。

わたしにはなんとなく
そんな風に思えたので。



「コロナ以前」に
置き忘れてきた 想いとか
叶えられなかった 約束とか
喪失の体験を


元のままの形で

取り戻すことはできなくても


その願いを、望みを

擬似的な形で叶えるための

サービスや、色々なものは
 

これから光が当たって
もっともっと、増えていくだろうと思った。

 

 

 でもわたし、

clubhouse やってないので

全然違ってたらごめんなさい。

 

 



喪失の痛みを

たまに、思い出して

味わってみる。



じんわりと哀しいけれど

その中に 大切なものもあったから


そんなに、悪くない。

かもしれない。





 

最後までお読みくださり、

ありがとうございました。

 

またどうぞ、お越しくださいませ。

二胡を弾けるようになりたい。
 
今日はひたすら
その話をします。
 
 
 
 
昔からずっと
好きだった楽器は、チェロ。
 
チェロの音色は
人間の声に最も近いと言われていて
 
穏やかで、柔らかくて
包み込まれるような音色は
いつも安心感を与えてくれる。
 
オーケストラの全ての楽器の中で
わたしはチェロが好き。
 
 
なので、子どもがもう少し大きくなったら
チェロを習いたいな、と考えていた。
 
 
だけど 教室は近くにはなくて
電車で 3駅のところまで
通わなくちゃいけない。
 
それから、チェロはかなり大きい。
抱えるようにして運ばなくてはいけないし
 
わが家の破壊神(4歳/男性)の手で
ガターン!!と
派手に倒されるのが
想像できすぎて、困る。
 
破壊神が 7歳に成長したとしても
安心して家に置いておけるような
代物ではない気がする。
 
 
 
 
その点
 
二胡は小さい。
三味線くらいの大きさ。
ある程度安全に保管できる気がする。
 
なんと、
素晴らしいことに
家から自転車で、シャーっと行ける距離に
 
二胡の教室が ある。
 
 
 
そして、
二胡はそれほど
メジャーな楽器というわけではないけれど
 
ムジカピッコリーノ、という
 
Eテレ最強の音楽番組のおかげで
わが家の子供たちは
 
二胡が、大好き。
 

 
チェロと二胡の贅沢コラボレーション。
 
二胡奏者のキリコさんが
美しくかわいらしすぎて
 
チェロ奏者の徳澤青弦さんの
存在感と佇まいが、素敵すぎて…。
 
 
 
二胡はチェロよりも
高く、艶やかで華やかな音色。
花が開いて、香るよう。
 
女性が歌っているみたい。
 
伴奏をすることもできるし
歌う代わりに、二胡を奏でることもできる。
 
 
わたしはピアノが弾けなくって
学生時代は、
バンドでベースを弾いていたんだけど
ベース単体で 表現できることは、限られるから。
 
 
 
 
うん。
 
 
 
 
 
決めた。二胡、習おう。
 
 
 
 
 
 
 
とは言っても、まだ
夜は、家を空けられず
仕事を調整して通うのも難しいので
 
すぐに申し込もう!って
スピード感ではないのだけど。
 
 
 
もう
心は決まってるから
決まったものとして
ここに書いておきます。
 
 
ここに書いたことは
なんだか思いがけず深く、心に留まって
覚えていたりするから。
 
 
弾きたい、弾きたい。
その情熱を
ちゃんと覚えていて
 
 
その時がきたら、自分と
約束を守ってあげるために
ここに、書き残しておきます。
 
 
 
少しだけ未来の じぶんへ。
 
 
 
 
 
 
 
お読みくださり、ありがとうございました。
またどうぞ、お越しくださいませ。