きょうは
猫の日なので
 
猫の記事の再アップです。(雑)
 
 
* * * * * * * 
 
 
イメージの中で
心の中に高貴な猫を飼う。
 
 
猫は、歩く。
猫は、伸びをする。
猫は、眠たい時に寝る。
猫は、遠くを見ている。
 
猫に名前はなくてもいい。
 
猫に名前があってもいい。
 
猫に性別は
あるようでないかもしれない。
 
 
 
猫は、感情をあらわにする。
 怒る、
 そっぽを向く、
 悲しむ、
 甘える。
 
興味のままに動く。
 
 
ツンとしている。
私はそれを愛でる。
注意深く見つめる、
「何をしたいと思っているのだろう?」
 
 
私は
猫の気持ちを完全にはわからない。
 
ただ、なるべく丁寧に
その気持ちを言葉で表そうと試みる。
頭の中で字幕をつけるように。
 
 
 
私は猫を許す。
私は猫をジャッジしないだろう。
 
私は 猫が
自分の望むようにいてほしいと願う。
 
 
 
私と、猫。
 
 
私の中の猫の話。
 
 
* * * * * * *
 
少し前。
 
自分をあんまり
大切にできていないなぁとか
 
内側の声を聴くのが
上手じゃないなぁとか
 
考えていた時に
この試みは生まれました。
 
 
「じぶん」は勝手気ままにできなくても
「猫」ならば勝手気ままに
 
心のままに
感じて、生きてくれると思ったから。
 
 
今は、前よりもかなり
猫に
近づいてきました。
 
 
 
猫が苦手な方は
シベリアンハスキーでも
孔雀でも
フラミンゴでも、いいですよね。
(高貴。)
 
 
 
お越しくださり ありがとうございました。
明日もあなたが笑顔でありますように。
読み終えました。




感想。

うん。
大体、自分のこと書いてあった。




愛着スタイルと呼ばれるものが
不安定だと
人と信頼関係を築くのが難しくなりがち。


愛着スタイルが不安定な性質を
タイプ分けしていくと

1.不安型
2.回避型
3.(両方が混ざった)恐れ・回避型
4.未解決型


に分けられる。


不安型は、依存したり
心配して世話を焼くことで
支配しがちになる。

回避型は、失敗を恐れ
人との関わり自体を避けようとする。




読んでいて、自分は

 3.の、恐れ・回避型

つまり、不安と回避を混ぜ合わせた
両方に、当てはまることが多く

昔の出来事を
色々思い出してくるのがしんどくて、
半目になりながら読み進めていました。




タイプ分けをしてみたところで、

その先を
どうするかって話です。



心の「安全基地」を得て
少しずつ安心できる心の状態を整えていく。

そうして少しずつ、外の世界へ
挑戦していこうという、土台を作っていく。

基本はそんな感じ。




または、

失敗を恐れて
挑戦を回避する傾向がある人は
「もう、マジでやらないとマジでやばい!」
みたいな有無を言わせぬ状況に陥って
馬力を出してみたら、
意外と物事が好転したり


たとえば将棋とか、仏像とか
趣味を媒介にして
他者、ひいては外の世界との
つながりを確立していったり、
といったケースが描かれていました。

ただし、その場合は
チャットなどの、
文字だけでのやり取りでは不十分で
への刺激などの面では
対面でのコミュニケーションが推奨とのこと。



自分のこれまでの人生と
照らし合わせて考えたとき

昔よりは
かなりマシになったと思えるので

この本で言うところの
愛着スタイルが 安定してきたと言えます。

それを、自分にもたらしたものは
なんだっただろう?と

ぼんやりと考えながら読んでいて
今も、考え続けている。



もしも何か引っ掛かるところがあったり

その先の、回復のために取り得る
行動について
知りたい場合に

最初の入り口として
さらりと読んでみるのも
いいかもしれない。





心の安全基地って

いったいどんなものだろう。


再現できるものなのか。

それは、体感できる幸せ、と
近いところにあるものなのか。


それが、読み終えた わたしに残った
問いになります。





最後までお付き合いくださり、
ありがとうございました。


明日もいい日でありますように。


身近で大切な人、たとえば
家族やパートナーに
 
伝えたい想いがあったとして。
 
 
なるべく軽く、渡すようにしている。
 
 
 
たとえば
 
ビーチボール。
 
バドミントンのシャトル。
 
なんなら
紙飛行機。
 
 
当たっても痛くない。
 
ラリーは、続かなくてもいい。
その場で返ってこなくてもいい。
 
 
返ってこなくてもいい、と思えると
自分が、楽だから。
 
 
 
 
それは、
傷つきたくないとか
煩わしさを避けている、
 
というのとは
たぶん、少し違う。
 
 
 
 
過度に期待しない、ということ。
 
自分が予想した反応が
返ってこなくても
「まぁいいや」と思える、ということ。
 
 
 
もしもほんとうに、
傷つきたくないとか
煩わしさを避けているとしたら
 
ビーチボールは、投げない。
 
紙飛行機を、飛ばさない。
 
 
意味がない。
それすら、怖いから。
 
 
 
 
わたしは、あなたに
伝える。
 
 
気持ちを
伝える。
 
 
 
あなたが
 
 
心を開いて、受け止めてくれるかは
知らない。
 
その後で、どんな化学変化が
あなたの中で起こるかは
知らない。
 
 
知らない。
 
 
 
けれど、何かを感じてくれたなら
3日後でも、
半年後でもいいから
 
 
そっと、感じたことを
ビーチボールに、
紙飛行機に乗せて
 
わたしに 返してくれたならいい。
 
 
 
わたしはあなたに
委ねる。
 
 
空に向けて
そっと、
押し出す。
 
 
手渡す。
 
 
手放す。
 
 
* * * * * * * * *
 
 
昔読んだ漫画の、
スラムダンクの中のシーンで
 
主人公の桜木花道が
レイアップシュートという
基本のシュートを練習している時に
 
ボールは投げるんじゃなく、ただ、
「置いてくる!!!」
 
 
という場面が頭の中でずっと
リピート再生されていました。
 
 
あんまり関係ないかも。なさそう。
 
 
 
わたしはあんまり、
会話の瞬発力が高くないので
 
後から思い返して
「あぁ、こうやって言えばよかったのに…」
みたいな後悔をすることが
とても多いです。
 
 
だから、自戒の意味を込めて
 
その時、その場で返ってきたレスポンスに
 
過度に期待をしないように
しているような気がします。
 
 
 
 
最後までお付き合いくださり、
ありがとうございました。
 
明日もいい日でありますように。