過去は今の自分に関係ない、
何の影響も与えない
という人もいる
 
 
過去を振り返ったところで
何になるの?
という人もいる
 
 
それでも
わたしは過去を
見つめずにいられない。
 
 
 
 
 
「『意思』は過去を切断する。」
という言葉がある。
 
 
 
 
今、この瞬間から
 
新しい自分ではじめようとするなら
 
 
これまでを見ないようにするなら
 
 
 
 
 
過去の文脈から切り離されて
それはきっと
不確かで不安定だろうと思う。
 
 
 
きっと、わたしは
過去を切断したくないんだ。
 
 
 
 
「未来は変えられない
 
 過去は変えられる。」
 
 
 
最近、ときどき耳にする言葉。
 
 
 
未来は、まだ来ていないのだから
変えようがないのだと言う。
 
 
過去は解釈によって変えることが
できるのだから、と。
 
 
 
 
 
わたしの軸が
一本の樹のようなものだとして
 
 
 
過去の出来事じたいは
もう、どこにもない。
 
 
 
ただ、朽ちて
豊かな土壌になって
わたしを支え続けている。
 
 
 
 
わたしが自分の人生を生きて
 
時が過ぎるたび、
その時々で、振り返って
意味を与えていくたび
 
 
土壌は
どんどん豊かになってゆく。
 
 
 
 
わたしは過去を
切断したくない。
 
 
 
熟す時を待たずに、
嵐にさらされて
土に落ちてしまった数々の実。
 
 
 
その悲しみも
見なかったことにはしたくない、と
思ってしまうから。
 
 
 
 
 
 
* * * * * * *
 
 
 
 
久しぶりにこんな曲を聴いたら
 
大きな時間の流れの中で
失われた時に思いを馳せるような
そんな気持ちになってしまったので…
 
※名曲です……
 
 
 
未来と過去について
最近よく考えます。
 
 
今の延長線上でなく
思いもよらない
素敵な未来を描くこともできる。
 
 
けれど、その素敵な未来は
過去の文脈なしには
きっと生まれなかったんじゃないかと。
そう思ったりします。
 
 
 
明日は、魚座の満月だそうです。
 
 
魚座のテーマは
 
浄化、癒し、受容、
根源回帰、
芸術、直感、発展、前進。
 
 
 
少しだけ、見ないふりをしてきた
悲しみに光を当てるような。
 
そんな数日間でした。
 
 
 
 
 
お越しくださり、
ありがとうございました。
 
 
明日もあなたが笑顔でありますように。
伝えようと思ったわけじゃなくても
 
たとえ、顔が見えなくても
 
 
自然と
空気を通して
伝わってゆくこと。
 
 
 
『共鳴』。
 
 
 
 
視覚と聴覚でも
かなりのことが伝わる。
 
表情、視線、しぐさ、声色、抑揚
 
 
それを取り去って、残りの感覚で
おもに皮膚感覚で、
身体の感覚で
 
 
空気を震わす
それを感じ取る
 
共鳴する。
 
 
 
その場にいて、目を合わせて
同じ時間を過ごす。
 
それだけでは終わらない。
 
 
 
その時が過ぎたあとも、
ずっと
 
さざ波が広がってゆくように
 
時間が経てば経つほどに
心の中で、響いて、広がって
 
変化を与え続けてゆく。
 
 
 
心の中に、何かが残り続けて
世界の見え方に
 
影響を与え続けてゆく。
 
 
 
 
見つめあっている間も
それ以外でも
ずっと
時を超えて。
 
 
 
* * * * * * *
 
 
少し前に、
「これからは共感より共鳴が大事」
というような発信を見かけました。
 
どこに書かれていたか忘れてしまって、
詳細を今、確かめることができなくて
 
 
共鳴ってなんだろう。と
 
 
今も考え続けていて
結論は出なくて、
だから今日の文章も抽象的なままです。
 
※ごめんなさい
 
 
 
 
「共感」はリアルタイム性があって
 目の前の人と共有するものだけど
 
 
「共鳴」は、必ずしも同時でなくて
 むしろ、時間が経ってもなお
 連鎖のように影響が続いていくような
 
 
「共感」はハートで
 
「共鳴」は、お腹で、
 あるいはもっと深いところ
 あるいは意識全体で。
 
 
 
違っているかもしれないけど。
今の時点ではそんなイメージ。
 
考えごとの一つにしようかなぁと思います。
 
 
 
 
 
お越しくださり、
ありがとうございました。
 
 
明日も、月が綺麗でありますように。
 
 
山本 麻莉(マリ)
リーダーシップ、って言われたら
 
ないない。
自分には全然、ないよ。
即答で、そう答えると思う。
 
 
 
何か、イベントを主催することは
 
旅に例えるなら、ツアーのガイドに
ならなきゃいけない気がしていた。
 
完璧に準備して
みんなを引っ張っていかなきゃって。
 
 
 
でも、もしかしたら
もっと気楽に考えてもよくて。
 
私は最低限のことを思いつくだけで、
場所と日にちを決めるだけでも、よくて。
 
 
 
そこに、集まったみんなと
わいわい笑いあって
 
「わー楽しみだねー」って言いながら
 
一緒にてくてく歩いていけば
いいのかもしれない。
 
 
 
 
大学生の時。
 
北海道で開催される
ライジングサン ロックフェスティバルに
行きたくて行きたくて、
 
高速バスと各駅停車で
東京〜札幌を往復したことがあった。
 
 
行程を考えて、行きのチケットを手配して
サークルの先輩後輩と一緒に
敢行したんだった。
 
 
その時は、たしか夢中で
ただ純粋に行きたくて、行きたくて
 
どうせならみんなで、って言って
周りの人も巻き込んでいった。
 
 
 
働きはじめてからは
歌舞伎を観るのにはまって
毎月のように歌舞伎座に通ううちに
 
いつのまにか会社の先輩も巻き込んで
部活を立ち上げてしまったこともあった。
 
(当時は、部費が支給されたのです…)
 
 
 
 
普段、リーダーシップとは無縁だけど
情熱の向かう先につながると
 
突然、行動力を発揮して
まわりの人まで
巻き込んでいくこともあるらしい。
 
 
 
 
ひとりでも楽しいし、
みんなで行っても、楽しい。
 
純粋な楽しさから始まったものが
 
いつのまにか、広がって
周りの人にも熱量が伝わって
なりゆきで巻き込んでいく。
 
 
 
あるいは、見晴らしの良い公園に
広げた大きなレジャーシート。
 
『開けておくから、いつでも
 好きな時にきて
 のんびりしていってね。』
 
 
ZOOMでやるイベントは、
そんなイメージ。
さらにハードルが低くなって
 
 
『もう、自由に集まって。』
 
 
集まらなければ、
それはそれで
 
笑い飛ばして、ひとりでお茶を飲み
流れる時間を楽しむ。
 
 
 
ひとりでも楽しいし
みんなでも楽しい。
 
 
『どうせやるなら、分かち合う。』
 
 
そうやって、純粋な楽しさで
はじまった点が
 
少しずつ波紋を広げて
やがて風を起こして
みんなを巻き込んでいく。
 
 
 
 
 
わたしは、導く人にならなくていい。
 
わたしは、中身をあらかじめ
決めてしまわなくていい。
 
 
中身は、そこに集まった人たちが
その一瞬一瞬で、生み出してゆくもの。
 
 
 
わたしは、「旅」の枠をつくるだけ
 
 
わたしは、「場」をつくるだけ
 
 
 
わたしは、ただ「器」を場に置いて
 
 
そこに なにかが満たされていくのを
 
 
そこに なにかの化学反応が起きるのを
 
 
見届けるだけ。
 
 
 
 
 
 
 
お越しくださり、
ありがとうございました。
 
 
 
明日もいい日でありますように。
 
 
 
山本 麻莉(マリ)