伝えようと思ったわけじゃなくても
 
たとえ、顔が見えなくても
 
 
自然と
空気を通して
伝わってゆくこと。
 
 
 
『共鳴』。
 
 
 
 
視覚と聴覚でも
かなりのことが伝わる。
 
表情、視線、しぐさ、声色、抑揚
 
 
それを取り去って、残りの感覚で
おもに皮膚感覚で、
身体の感覚で
 
 
空気を震わす
それを感じ取る
 
共鳴する。
 
 
 
その場にいて、目を合わせて
同じ時間を過ごす。
 
それだけでは終わらない。
 
 
 
その時が過ぎたあとも、
ずっと
 
さざ波が広がってゆくように
 
時間が経てば経つほどに
心の中で、響いて、広がって
 
変化を与え続けてゆく。
 
 
 
心の中に、何かが残り続けて
世界の見え方に
 
影響を与え続けてゆく。
 
 
 
 
見つめあっている間も
それ以外でも
ずっと
時を超えて。
 
 
 
* * * * * * *
 
 
少し前に、
「これからは共感より共鳴が大事」
というような発信を見かけました。
 
どこに書かれていたか忘れてしまって、
詳細を今、確かめることができなくて
 
 
共鳴ってなんだろう。と
 
 
今も考え続けていて
結論は出なくて、
だから今日の文章も抽象的なままです。
 
※ごめんなさい
 
 
 
 
「共感」はリアルタイム性があって
 目の前の人と共有するものだけど
 
 
「共鳴」は、必ずしも同時でなくて
 むしろ、時間が経ってもなお
 連鎖のように影響が続いていくような
 
 
「共感」はハートで
 
「共鳴」は、お腹で、
 あるいはもっと深いところ
 あるいは意識全体で。
 
 
 
違っているかもしれないけど。
今の時点ではそんなイメージ。
 
考えごとの一つにしようかなぁと思います。
 
 
 
 
 
お越しくださり、
ありがとうございました。
 
 
明日も、月が綺麗でありますように。
 
 
山本 麻莉(マリ)