英語で話せなかった もどかしさ | 音楽すること・生きること

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フランスに住んでいます。結婚、出産、国を超えての度重なる引っ越しを経てフランスに在住、長男が小学校5年生の時から仕事を
再開。その1年後にジャズピアノを始めました。
音楽・その他、日々の出来事を綴っています。

今日はフランス人の奥さんとオランダ出身のご主人の
国際カップルのうちにいた。チャイムが鳴ってお客が来た。
アメリカからきたというカップルだった。奥さんのほうはフランス語と
ドイツ語を話すというアメリカ人でご主人の方は中国出身で、
フランス語をあまり話さないということでこういう時はみな英語で話す
のがエチケットである。

わたしは用事を終えて帰るところだったがアペリティフに誘われた
ので 10分くらいなら、と思ってその場に残った。身の程知らずとは
わたしのような人間のことを言う。こういう時 良識ある日本人なら、
いえ、失礼します、家族が待ってるもので。などと言ってうちに帰る
ものである。おまけにわたしの知人はフランス人の奥さんのほう
だけでご主人とは ほとんどしゃべったこともなかった。ここの
カップルは世界をまたにかけて活躍する学者カップルだ。お客も
学者らしかった。急に親しげな雰囲気のうちにみんなが自然に
英語を話しだした。話題がわたしにふられる。でも考える時間が
長くて間違いに気づいて言い直したり、話が続かなかった。聞こえて
いることは大体理解できるけれど自分から表現できない。もどかし
かった。こんな時にぺらぺら英語が話せたらいいのだけれど。

みんなジュースを飲んでいるのに、ひとりだけ食前酒にポルトを
頼んだわたしは、飲みなれていないのでグラス1杯で目が回り、
今立ったら、足がふらついてこけそうな状態になって長居した。
以前わたしの知人の学者は、今や英語は必要不可欠だと
言っていた。自分が不甲斐なかった。毎日 雑用とおさんどん、
ふたりの元気な男の子相手にサーカスの猛獣つかいのような毎日を
送っているがもっと使える英語を身につけなくてはと猛烈に反省した。