私がガンダムに関しては原理主義者だとは以前に書いたが、水星の魔女が最終回を迎えての感想を書いていく。
物語としては面白かったと言える。
最後は少々強引だとは思うが、皆が幸せな終わりを迎えられたと思う。それが視聴者が望んだ最終回だったのだろう。
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そもそもガンダムは戦争物だ。
それを学園物にするところに多少なりとも無理がある。MSは兵器であり人殺しの道具なのだ。アイアンリーガーでもないので球技をMSにさせるわけにもいかず、落としどころを決闘にしたんだろう。
「悲しいけど、これ戦争なのよね」
少年少女が否応なく戦争に巻き込まれる、というのがガンダムである!とまでは言わないが、バンダイがスポンサーでプラモデルを商品として売る以上、兵器が活躍できる物語であるべきだと思う。
そこが最後の戦闘で大人の軍隊を差し置いて学生が戦闘の主力となるのは、いささか違和感が大きいと言わざるを得ない。
話では企画途中で戦争物から学園物に変更されと聞くが、紆余曲折があったとうかがえる。
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ストーリーの点でも最後は駆け足な展開だった。
議会連合の登場も突然だったし、コロニーレーザー的な巨大兵器もいきなり出てきた。2クールの短さゆえのしわ寄せか?
さらに最後はガンダムのオカルトパワーでレーザーを防いでしまうのはユニコーンからの悪しき慣習になってしまったかと心配になる。
更にガンダムはいずこかへと消えてしまう、まるでさよならすべてのエヴァンゲリオンのように、、、。そういえばグエル君も無理やりレーションを食わされていたな。
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オリジナルストーリーとしては、大変おもしろかったと思う。
ただ、そこにガンダムという要素を入れなければならなかったという点が、ガンダムという企画でスタートしたのに、反対に足かせとなってしまった気がする。
MSやアースノイドとスペースノイド(あえてこう書くが)の対立、コロニーレーザーのような兵器、サイコミュが人を喰うような描写など、ガンダムである以上必要な要素であるが、反対に物語を不自由にしてしまった感も否めない。
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今回の水星の魔女で今までのガンダム要素はの単語は変更されてきた。ガンダムとモビルスーツぐらいではないか。ニュータイプという単語は出てくることすらなかった。
次のガンダムが水星の魔女の設定を継承するかどうかはわからないが、いわゆる宇宙世紀、もっと言えば富野由悠季ガンダムからの別離だと思う。
富野由悠季の手を離れて久しいが、それでも世界観や設定は引き継いできたのだが、水星の魔女でガラッと変えてきたのはそのせいではないかと思う。
閃光のハサウェイも続きはあるが、今後のガンダムはガンダムという名前のオリジナルアニメになっていくのだろう。
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最後に
雑誌に掲載された声優さんのインタビューが電子版で改変され、
スレッタとミオリネの結婚がなかったことにされたことで炎上気味らしいが、これは制作陣の悪手で、第一話で許嫁と百合要素を自らぶちまけといて、最終話後に撤回するような行為は日和ったにもほどがある。
声優さんお個人的意見だとしても改変すべきではなかった。制作側の覚悟がなかったと言える。
これが映画版や次期への配慮なら理解もできるが、ガンダムも無くなり学校も卒業した後の物語をどうガンダムとして成り立たせるのか?それこそ戦争物へと方向転換しなければならない。ラストシーンの3年後までの空白を埋めるとしても変わらないだろう。