12月31日

大晦日。

この日録も今日が最終日だ。日録の最後はこの詩編の「謎」に関わる詩行を取り上げよう。

『オデュッセイアー』には沢山の謎がある。それらの謎には出くわす度に、その都度解明できないものかと試みてはみた。いくつか仮説を立てたこともあったが、仮説の域を出ず、多くは謎のままに留まって居る。

さて、大きな謎として三つをあげるとしたら何になるか。

まず一つ目は、「海から離れた死θάνατος ἐξ ἁλὸς」を挙げなくてはなるまい。

オデュッセウスは冥界で、テイレシアースから死についても予言されたのだった。海を知らない民の土地でポセイダーオーンに贄を捧げ、家に帰って他の神々にも贄を捧げた後のことだ。

πᾶσι μάλ᾽ ἑξείης. θάνατος δέ τοι ἐξ ἁλὸς αὐτῷ (11-134)

すべての(神々に)順に(贄を捧げなさい)、そこであなたに海から離れた死が(訪れるであろう)

「海から離れた死θάνατος ἐξ ἁλὸς」、それは長年の海にまつわる苦難からの解放であろうと一応は理解した。しかし、θάνατος ἐξ ἁλὸςとはいかにも謎めいた詩句だ。それを「海から訪れる死」ととる解釈さえもあるくらいだ。

二つ目はペーネロペイアの見た夢だ。鵞鳥達が小麦を啄んでいる。

ἐξ ὕδατος, καί τέ σφιν ἰαίνομαι εἰσορόωσα: (19-538)

水から(啄んでいます)、それを眺めて私は楽しんでいます
そこに鷲がやって来て鵞鳥皆の首をへし折って殺してしまう。すると、

αὐτὰρ ἐγὼ κλαῖον καὶ ἐκώκυον ἔν περ ὀνείρῳ, (19-541)
私は夢の中ながら泣きしゃくり上げていました

そして鷲は言う、「鵞鳥は求婚者たちであり、鷲はお前の夫だ」と。

貞潔な妻ペーネロペイアの心の奥の、隠された密かな思いを示唆しているのか。しかし、ペーネロペイアはその夢をオデュッセウスに隠さず語るし、オデュッセウスもそれを聞き咎めた風がなかった。やはりこれは大きな謎だ。

三つ目はオデュッセウスの並外れた「試し」志向(嗜好というべきか)だ。その最たるものが父ラーエルテースに対するものだった。

ὧδε δέ οἱ φρονέοντι δοάσσατο κέρδιον εἶναι,
πρ
ῶτον κερτομίοις ἐπέεσσιν πειρηθῆναι. (24-239,40)

そのように考えている彼によいことであると思えた

まず意地悪い言葉で試すことが

そして嘘八百の作り話をしてラーエルテースを悲します。オデュッセウスは何度嘘をついたことか。その間、悪人はともかく、豚飼も試し、ペーネロペイアも試し、最後にはラーエルテースだ。どうしてここまで「嘘」をつき人を「試す」のか。これもひとつ仮説を試みたものの依然として謎は深い。

「日録」を閉じるに当たり、全編を通してこの詩編を象徴する詩行を選ぶとしたらどれになるか考えて見た。

Οὖτις ἐμοί γ᾽ ὄνομα: Οὖτιν δέ με κικλήσκουσι (9-366)

私の名は「誰もおらぬ」です。「誰もおらぬ」と私を呼んでいました

謎に満ちた『オデュッセイアー』を凝縮した一行だと思う。



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今回を以て『オデュッセイアー』読書日録を終わります。ご訪問下さり有難うございました。

なお、ホメーロスの詩編に関し「ホメーロス輪読会だより」
の方は来年も継続の予定ですので、機会をみてご覧頂ければと思います。
 では、どうぞよいお年をお迎え下さい。