ゼウスは神々を前にして語りはじめます。

 

τοῖσι δὲ μύθων ἦρχε πατὴρ ἀνδρῶν τε θεῶν τε: 

μνήσατο γὰρ κατὰ θυμὸν ἀμύμονος Αἰγίσθοιο,

τόν ῥ᾽ Ἀγαμεμνονίδης τηλεκλυτὸς ἔκταν᾽ Ὀρέστης:

τοῦ ὅ γ᾽ ἐπιμνησθεὶς ἔπε᾽ ἀθανάτοισι μετηύδα: (1-28~31)

神々に向かって人間と神々の父ゼウスは語り始めた

非の打ち所なきアイギストスのことを心に思ったからだ

彼をアガメムノーンの子オレステウスが殺した

その彼のことを思い出して不死の神々に向かって言葉を言った

 以下そのゼウスの言葉です。

ὢ πόποι, οἷον δή νυ θεοὺς βροτοὶ αἰτιόωνται:

ἐξ ἡμέων γάρ φασι κάκ᾽ ἔμμεναι, οἱ δὲ καὶ αὐτοὶ

σφῇσιν ἀτασθαλίῃσιν ὑπὲρ μόρον ἄλγε᾽ ἔχουσιν, (1-32~4)

おお何と言うことだ、人間共は何と神々を咎めだてすることか

というのも我々故に悪しきことがあるのだというのだから、しかし彼ら自身

彼らの非道によって定業を超えて苦しみを持つのだ

 そしてこう続けます。

ὡς καὶ νῦν Αἴγισθος ὑπὲρ μόρον Ἀτρεΐδαο

γῆμ᾽ ἄλοχον μνηστήν, τὸν δ᾽ ἔκτανε νοστήσαντα,

εἰδὼς αἰπὺν ὄλεθρον, ἐπεὶ πρό οἱ εἴπομεν ἡμεῖς,

Ἑρμείαν πέμψαντες, ἐύσκοπον ἀργεϊφόντην,

μήτ᾽ αὐτὸν κτείνειν μήτε μνάασθαι ἄκοιτιν: (1-35~9)

いまアイギストスが定業を超えてアトレウスの子の

正妻を娶り、彼(アガメムノーン)が帰ってきたところを殺めたように

険しい破滅を知りながらだ。なぜなら事前に我々は彼に言ったからだ

目先の利くアルゴスの殺し手ヘルメイアースを遣わして

彼を殺すな、妻を娶るな、と

 そして更にこう続けます。

ἐκ γὰρ Ὀρέσταο τίσις ἔσσεται Ἀτρεΐδαο,

ὁππότ᾽ ἂν ἡβήσῃ τε καὶ ἧς ἱμείρεται αἴης. (1-40,41) 

というのもオレステスからのアトレウスの子の復讐があるだろうから

彼が若者となり彼の故郷を憧れたときには、と

 

いささか唐突に29行目に Αἴγισθος、30行目に Ὀρέστης の名が出ています。そして「Αἴγισθος による Ἀγαμέμνων 弑逆・Ὀρέστης による復讐」の事件が触れられます。これは肥沃で波乱に満ちたギリシア神話の中でも特に深刻な問題をはらんだ挿話です。

それをゼウスがここで持ち出したのはなぜでしょうか。29行目に μνήσατο とありますが、その μνήσατο したきっかけを成したのは何でしょうか。

32行目で θεοὺς βροτοὶ αἰτιόωνται とされています。すると、常々ゼウスは人間共に苦情を言われていて我慢ならなかったと言うことでしょうか。それだけが理由かとの疑問なしとしませんが、それ以外の理由が語られていませんので、そうとれます。そしてその苦情への反駁の根拠として35行目のὡς καὶ νῦν以下「Αἴγισθος・Ὀρέστης 事件」を持ち出したものと考えられます。

このようにゼウスよる「Αἴγισθος・Ὀρέστης 事件」言及は若干唐突感が拭えないのですが、その言及の詩篇の進行に及ぼす効果はといえば明らかに重大なものがあります。

その効果として二つの点が挙げられます。まず、すぐ後に続くアテーネーの反応を呼び起こしたことがあります。その点は次の一節の中で見ていくことにして、もう一つの点は今語られんとしているこの物語のたどりかねない危険な道筋を予告しているところにあります。すなわち、王の不在、王妃の誘惑、王妃の裏切り、王の殺戮、王位の簒奪です。すなわちこのオデュッセウスの帰還物語は Αἴγισθος の事件を反面教師として展開することになります。

34,35行目に ὑπὲρ μόρον の詩句が繰り返されています。これはパラドックスを含んでいます。「運命を超えることなどありうるのか」、あるとしても「それ(超えることが)が運命なのではないか」と(「クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った」さながらです)。ホメーロス世界にはこの「運命」と「人間の自由意志」を巡るパラドックスが根底に流れています。

40行目の ἔσσεται は直説法未来形です。この詩行は直接話法になっています。ゼウスはここでヘルメイアースになりきって(あるいはヘルメイアースに指示したときの自分になりきって)、臨場感を持って語っています。

この前行39行目の

μήτ᾽ αὐτὸν κτείνειν μήτε μνάασθαι ἄκοιτιν

は超時的な不定法で成り立っており、40行目での直説法未来形への橋渡しをしているともとれます。またこの39行目の(第五脚を除いて長長格で構成される)荘重な韻律は、ゼウスの直接話法による肉声を準備するにふさわしいものとなっています。