春夏秋冬 -4ページ目

春夏秋冬

今日も笑顔で一日が過ごせるように頑張ってます。

明石海峡大橋の下を通過中
瀬戸内海は穏やかで優しい。。。
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東京出身の主人と結婚してもう30年になる。

結婚したばかりの頃は東京へ行くたびに何もかもが、新鮮で刺激的だった。

食べ物ひとつでも驚くコトばかりで、田舎育ちの私には全てが都会の味だった。


初めてトップスのチョコレートケーキを食べた時は、これが都会の味なんだと感動した。


私がそれを好きだと言ったら、それ以来主人の妹が東京で買って新幹線に乗って届けてくれる。関西に

出張のたびにケーキを買って遅くなっても私のために家まで持ってきて来てくれる。

昨夜遅くに、届けてくれたケーキは、ケーキの美味しさより義妹の愛でいっぱいだった。




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私は記憶力がいいと勝手にずっとそう思い込んでいた。

以前は周りの人から、そのことを少し褒められいい気になっていたのだが。。。


最近は本当に悲しくなるくらいその記憶力が減退している。

もう2年も通っている英語の学校でも、その記憶力の無さで情けない思いをしている。情熱的に教えてくださる講師の先生に申し訳ない気持ちで一杯になる。

自分なりに努力はしているつもりだけど、気持ちだけでは英語はしゃべれない

さらに私には英語に必要なリズム感もない  全く情けない


今日はPCの使えない知人に調べ物を頼まれ気軽に引き受けたのだが、PCの前に座ってGoogleの検索ページを開いたのに調べる言葉を忘れ呆然としてしまった。

これは初めてのことではなくて何度か経験している。

今日はPCを見つめ思い出すまで頑張ってみたが、無駄な時間だった叫び

こうやって私は順調に年を重ねている。

これも楽しい日々かもしれないと思うようにしたいハロウィン
昨日の夜、食事が終わって私が家事をしていると、娘と主人が何か話している。

普段からそんなに会話をしている様子もないので、私は耳を澄ませてその会話を聞いていた。

娘は穏やかな顔で主人に聞いている
「もし体が不自由になったり、自分で動けなくなったりしたときの、希望を今しっかり聞いておきたいの」

「そうだなあ~ なるべくお金のかからないようにしてくれたらいいよ」と主人が言うと

『それじゃダメなのよ、本人の希望をききたいの」
『施設にお世話になるとか、子供に世話になるとか、今からちゃんと聞いておかないと、その時では遅いでしょ」と娘が言う

「お母さんはどう?」
私は
「もし認知症になったらそういう施設にお願いしたいねえ」

「子供としたら施設にお母さん預けるのいやだなあ」
「私がめんどうみるよ」

娘は今春大学をでて、精神保険福祉士をやっている
毎日仕事でいろいろなケースに関って、実体験ととして親の介護の難しさを知っている。

娘の心配はとても有り難いが、子供の世話にはなりたくないと思う
望むなら犬のように自分の死を感じて、姿を消して死にたいと思う

でも私は死んでからの事に関してだけは譲れない希望がある。
いい機会なのでそれを娘に伝えた。

「お母さんは、死んだら生まれ故郷の瀬戸内の海に散骨にしてほしいの」


「でもお母さん お葬式は残された人のためにするんだから長男に任せたらいいんじゃないの」

順調にいけば親が先に死んで、子供が残る
その残った子供にお墓参りなんてされる事が、私はとても嫌だとおもう。

跡形もなく消えてだだ心のなかだけに残っていたい。

死んだらどこへ行くのかさえわからないのだから、私は海にかえりたいと思う




今日の早朝に、空を見上げた。
南西の空にオリオン座が輝いていた。

若いときに、愛してる人と見た同じオリオン座が朝の澄んだ空気にとても美しく見えた。

このオリオン座を穏やかな気持ちで見ることができるようになるまで、ずいぶん時間がかかったがやっと動揺なく見ることができる。

DAPAMPの歌うこの曲が昔の二人の気持ちを代弁しているようで、嬉しいようでちょっと苦しい。。。




この2日間雨が降っている。
こんな秋の雨をなんと呼ぶのか言葉が浮かんでこないけど、この歌はすぐに頭に浮かんでくる。

思い返せば私の人生で、大事な人との別れのときはいつも雨が降っている。

その雨が別れを余計に悲しくさせたように思う。。



昨日は、16日からはじまるキムタク主演の「南極大陸」の番宣でキムタクを何度もテレビで見る機会があった。

だけど誰が何と言ってもやっぱりキムタクだなぁ~~ラブラブ
としみじみ思った。

笑顔も、話し方も、仕草も、テレビに映る彼のすべてが私を魅了して止まない。。。
夜の道を歩いている時、街灯に照らされた赤いピラカンサの実が目に留まった。

ピラカンサの赤い実は冬のイメージがあったけど、今の時期にもう赤くなっている。

田舎の中学校の周りはすべてピラカンサで囲まれていて、その赤がすごく嫌だった時も、その赤がとても素敵に思えたときも、思春期の私はピラカンサという名前さえ知らなかった。

記憶は色や香りやちょっとした事をきっかけに一気に甦ってくる。日常生活の中ですっかり忘れている記憶を、さっき見たピラカンサの赤が私に思い起こさせる。。。

今思うと笑ってしまうような事で悩んでいたけど、それなりに頑張っていた私もいた。

自分を振り返る事は、後悔ばかりであまり好きではないけれど、秋の夜長に自分の歩いてきた道を振り返るのもそう悪くないもみじ