人生の「グラフ」人生の「山」 | ピグ充日記〜発達障害のある大人がリア充を目指すページ〜

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実はピグはずいぶんご無沙汰。ここは発達障害のある大人がリア充を目指すページに生まれ変わりました!

なんと、まだ前の記事からひと月もたっていないのにブログを書いています。
 
いやな夢をしばしば見ます。だいたい夢を見ない日というのがない。夢を見ない人っているのかなと思うくらいです。一番良く見る夢は、学生時代、なかでも大学生の頃のことに関わっています。
 
僕は大学を中退(正確には学費を支払わなかったために除籍処分)しています。その後、なんとか大卒の資格だけでもとっておきたいと放送大学なんかに籍を置き直したりしましたが、自分一人では勉強が続きませんでした。今はそこも辞めてまた単位を残したまま大学は卒業できないままです。
 
僕の夢のパターンは、周りの人たちは皆順調に人生を歩んでいるのに、自分だけひとつ所にとどまってちっとも前に進めないというものです。今日見た夢もそうでした。なにか学園祭みたいなことをしている。自分はそこに参加できない。他の人はそれぞれ紆余曲折ありながらもがんばっている、そんな感じの夢でした。
 
実際の人生がそんな感じになってきました。まず大学で挫折をした(内面的なことで言えばもっと早くから挫折は経験していましたが。)。他の人はその後どうしているかわかりませんが、おそらく就職し、結婚し、家族をもち、と「前進」したことでしょう。
 
その間、僕はと言えば精神科の症状だからと保健所にお世話になり、精神科にかかり、試しの仕事でしばらくパートをしたりまたひっこんで作業所へ行ったり。そこで人間関係に大きくつまずいて萎縮することがますます多くなり、それまでの人間関係にはなるべく触れないようにしながら(それは相手の方々への自分なりの配慮でもあったのですが。)また新たな作業所へ行ったり。40代からようやく、障害者枠ではあったけれどもきちんと福利厚生もつく「勤め人」の経験もしましたが、そこもやがてしんどくなり・・・と、どうも、自分でも何を目的にして生きているのかわからない人生になっています。
 
それで調子の悪いときには、今は目に見えることのない他の人と自分の人生とを比べて落ち込んだり焦ったりする。実際、目に見える人もあります。この間、テレビを見ていたら大学時代にいっしょだった人が番組の講師役のようなかたちで出演していました。経歴を見たらそれはもう「そうそうたる」感じで。
 
自分が保健所や病院や作業所やパートなどの間をうろうろしている間に、かって知っていた人は自分のやりたいことで成功してテレビに出て社会的地位も固めている・・・
比べてしまうとなんとも情けない気分になってきます。
 
僕は精神的にも対人過緊張とか抑うつとか社会不安障害とかいろいろ病名をつけられたけれど、まだ発達障害の診断がつく以前は「精神的症状としては軽い」のに「自分は怠け者かも知れない」と思っていました。実際、あんまり仕事に根を詰めることは体力のなさなどから無理な場面も多いようですが。
 
対して、思春期に精神的症状を発症した方たちと長い間おつきあいをしてきて感じたのは、その方たちがその症状によって持っておられる能力を人生の途中で突然大きく削がれている、変な言い方ですが、そういう印象をもっていました。
 
それで自分なりに今感じていることは、生まれながらの障害である発達障害者と、思春期以降に発症をして障害者となる精神障害者とでは、同じ精神障害者の中にはいるけれども「人生のグラフ」が異なるんじゃないかと。
 
なんだその「人生のグラフ」というのは、と言われると、これは自分が考えだしたものなので本当にそうなのかまったく違うのかもわかりませんが、自分が得てきたせまい範囲の中での印象では、精神障害をもつ方たちは発症以前はグラフの線が割合順調に伸びる人生を過ごされてきた。対して発達障害をもつ場合にはグラフの線はその出発点からの伸び具合があまりよろしくない。
 
これはテストの点数だとか学校の成績だとかに限らず、生きることの質と言い換えてもいいのかもわかりませんが、とにかくそれの点数が、精神障害者なら発症の時点まではぐっと伸びて行く方が割合多いのに対して、発達障害者のそれは最初からそんなに伸びない。あるいは人生の質と関係のない一部の能力だけがぐんと伸びたりしている。
 
そういう印象を受けるのです。なので僕はこれまで精神の作業所なんかでは、発症前の学校や職場のこと、その時に自分がいかに活躍できていたかを懐かしそうに話す人を見てもきました。言って見れば山の途中までは順調にあがってきたのにそこから不意に突き落とされたような感想を持つ人がいました。これは人生の半ばの事故や病気で身体障害を負った方々とも似ています。
 
ところが発達障害者の場合はその山を登る途中ですでに苦しんでいる。少なくとも僕はそうでした。小さな頃から「大きくなったら何になりたい?」と尋ねられても、まず、「今のしんどさ」をどうにかしてほしいと無意識のうちに思っていました。この、人の中にいる時の息苦しさをなんとかしてほしい。大勢の人と一緒にご飯が食べれない、これをなんとかしてほしい。遠足も運動会も楽しくない。むしろ家で一人でいたい。なぜみんなはあれが楽しいと思えるのだろう。
 
子供の時から人の中にいることがしんどくてたまりませんでした。「人生の山」を登るのに、ふつうなら周りの景色も楽しみながら、時に一息つきながら、自分なりの「頂上」を見つめて登って行くのに、僕には周りの景色を見るゆとりなどなかったし、いわんや自分なりの「頂上」などどこにあるのやら検討もつきませんでした。だから子供の頃の夢は何だった?と尋ねられても、「なかった」と答えるしかありません。
 
今も、「ただこの今を生き延びて行く」ことが大きな目的で、あまり周りを見渡して息抜きをするというこころのゆとりがありません。
 
人生のグラフ。それは生きていることを楽しめる、実感できる度合いのグラフと言い換えてもいいのかも知れません。
発達障害者といってもいろんなタイプがあります。ただ、僕の場合は小さな頃から周りにおびえて、なんとか安心できる場所はないか、時間はないかとおろおろしながら生きてきました。最低限の生活の糧を得るために、不得意なことも仕事にしたりしてきました。でもまだどこへ向かえば自分の納得できる「頂上」へ登れるのかがわからない。あるいはそんなものがあるのかどうかさえわからない。いわば最初から山を登れてはいず、山麓あたりをうろうろしているだけなのかも知れない。
 
それならそれで、今からでも「自分なりの山登り」ができないかと思うわけです。それは苦しみながらのそれではなくて、楽しみながらか、ふつうのそれです。もう学生時代の皆が登って行った山を、僕は登ることはできない。たぶん僕が悪夢に悩まされるのはそのためです。もう登れない山に未練たらたらなのです。
 
もう山麓をうろうろしているだけで僕は疲れた。もうがんばれはしません。がんばれなくても生きることを楽しめたらいいのに。周りはがんばらない自分を責めるけれど、それは無視するしかないとして、ひとりの人間として、がんばらなくても自分の人生を生きたと言える道が見つかればいいのに。