明日海りおの時代に柚香光が現れたことは、「ポーの一族」舞台化のもう一つのきっかけであり、運命です。
柚香光もまた、アラン・トワイライトにしか見えませんでした。
私はアランがエドガーに出会い、選ばれたのは運命だと思います。
家族への絶望はヴァンパネラとして生きることを受け入れたきっかけにしか過ぎず、彼はずっと導かれていたように見えるのです。
普通、結末を分かった演技というのは適切ではありませんが、アランは結末に向かって導かれていく存在であり、この点において柚香光の演技は正しいと思います。
強がっても、恐れても、惹かれていく。
ちなみに原作からもエドガーとアランが「出会うべくして出会った」運命を読みました。
また、原作のアランの最期を知ってから舞台のラストシーンを振り返ると、柚香光=アランのオーラに「エドガーと2人でさすらう先にある彼の運命」まで漂っていたようにも思えます。
深読みかもしれませんが、少なくとも柚香光=アランの目の奥にそのくらい深いものがあったことは間違いありません。
一族としての誇りと品格、シーラへの愛。
生きていくために正体をバラさぬ工夫はするものの、フランク・ポーツネル男爵@瀬戸かずやの生き方は堂々としていました。
瀬戸かずやという男役の包容力、大きな存在感はフランクそのもの。
「バレないように」が「こそこそと小さくまとまる」ことなく最期まで凛としており、こういう部分にシーラも(私も)惹かれてしまうのだなと思いました。
エドガーに厳しく当たることがあってもフランクは常に筋が通っています。
人間でも、ヴァンパネラでも、それ以外のどんな存在だとしても自らを卑下したり、コンプレックスを言い訳にすることなくきちんと生きる、きちんと愛する。
一族のマイノリティとして生き方は姑息と受け取られかねない危うさがありますが、瀬戸かずや演じるフランクが「一族なりの愛と誠実」を正々堂々と示してくれました。
華優希は昨年の新人公演主演〜ドラマシティヒロインと躍進を遂げているようですが、恥ずかしながら私はまだ観劇不足と認識不足でついて行けておりません。
ただメリーベルを見た限りでは可愛さだけでなく影のようなオーラが魅力的で、役へのハマり方も怖いくらい。
華優希がメリーベルに出会ったのか、メリーベルが彼女に出会ったのか。
偶然や抜擢とは違う運命的な配役であり、天才性を感じさせる役作りで結果を残したと思います。
華優希を少しでも、いやもっと知るべく・・・まずはスカステの「はいからさん」から鑑賞します。
4月から読み始めた原作がGW中に3回目に入りました。
何度読んでも発見があり、同じくらい掴めない部分もあり、これからも何かのタイミングで定期的に読みたい作品の一つになりました。
同様に、映像(ブルーレイ画質の価値あり!)も定期的に観たくなります。
原作を読んでいると舞台を観ているような錯覚に陥ります。
舞台映像は絵に見えてきます。
観劇前は「小池先生の舞台化への想い」という前置きが少し煙たかったですが、今はその想いをほんの僅かかもしれませんが理解、共感できます。
舞台化は成功しました。
漫画を読み始めた時、「文学的な作品だな」と感慨に浸っていましたが、今はそれが間違いだと猛省しています。
これは文学でも文学的でもなく、唯一無二の素晴らしい漫画の世界なのだと。
舞台も、映像もまた然り。
リンクすることはあっても、それぞれの表現にしっかりと向き合っていきたいです。
宝塚を通して、また新たな、素敵な世界に出会うことができました。
と言っても私はまだ「ポーの一族」の世界に入りかけたくらいのレベル。
だから深めていく楽しみがあります。
今回のレポートは終えますが、今後書く機会があるかもしれないので公演レポートも永遠にします。
花組東京宝塚劇場公演「ポーの一族」公演レポート【スター編 明日海りお 仙名彩世】