「演出家プリズム」に見る~上田久美子先生の場合~ | 銀橋Weekly

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宝塚歌劇研究者、銀橋のアカデミックでミーハーな宝塚ブログ。

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宝塚歌劇の演出家から、久しぶりに「演出家」だなと思えるような話を聞くことができました。

上田久美子先生。

対談相手は大学同期、現在は美術館の学芸員をされている方で、対談のテーマも「哲学と現代アート」。

Eテレ(教育テレビ)で放送しても全く問題ない内容であり、結局面白くて2回見てしまいました。



まず、対談相手が全く外部の方で、先生自身も客観的に宝塚を語る、というスタイルが良かったと思います。
お約束の番宣(次回作の宣伝)も嫌みな感じがしませんでした。

そして、大学同期ではあるものの、テレビ番組(対談番組)であるということを理解し、適度な距離感、節度のある会話(対話)で、視聴者に分かりやすく2人のコミュニケーションが伝わるような配慮が(上田先生に)ありました。

植田景子先生の時のように、必要以上に親近感を強調して(しかも誰も頼んでいないし求めていない)、友達とおしゃべりするような感覚でベタベタ話しかける、しかもそのコミュニケーションがどう見ても一方通行で相手は若干引き気味、みたいなことは一切ありませんでした。
(当たり前ですが)

また、美術・美術史学を先攻していた2人だからと言って、「私たちは研究者なのよ。専門用語炸裂トーク万歳!」といったいわゆる権威主義的、あるいは自己満足的な立場は一切取っておらず、難しい話も分かりやすく説明させていました。

2人の会話は内にこもるのではなく、外に開かれていました。

余談ですが、本物の研究者とは、難しいことを分かりやすく説明できる人だと思います。

本人が(その学問、理論や研究について)よく分かっていない人に限って、難しい言葉を並べて「自分は分かっている」風な雰囲気を出して虚勢を張るのですが、ボロはすぐに出るのです。



次に、上田先生自身が作品を作る、演出することに謙虚であり、過去の歴史の延長線上に自分がいるという当たり前の事実を認識した上で創作活動を行っている点について触れたいと思います。

上田先生はもちろん、自身を「クリエイター」とは言いません。
(「エキサイター!」くらいなら冗談としては許せますが、自分で自分を「クリエイター」という人って・・・未だに「あの対談」は何だったのだろうと思います)

もっと言えば、デビュー作「月雲の皇子」のある台詞の元ネタまで話してしまうくらいの方です。

元ネタを全て話す必要はないと思いますが、番組の中の一つのトピックとして意図的にネタバレさせたのであれば、あれは効果的だったと思います。

私は元ネタを知らなかったのですが(そもそも、まだ「月雲の皇子」を観ていないのですが)、それでも様々な文学、舞台に触れて感じて研究して、そういった土台があって彼女の作品が構築されているのが分かったので、興味深かったです。

まだ演出家として駆け出しではあるものの、今後彼女からどんなテーマで、どんな作品が生まれるのか、「自己陶酔しないできちんと作ってくれそうなので」楽しみです。



最後に、演出家なのにマーケティング(=ここではいかに新規顧客を獲得するか)まで考えているという上田先生の想像力と経営的視点の深さ、その中身について検討したいと思います。

上田理論は要約すると下記にようになると思います。


(日本の)女性の5人に1人は宝塚を好きになる潜在的な可能性がある。
つまり、全人口の約10%は宝塚ファンになる可能性がある。


→定量的な(アンケート調査等、母数の多い統計データに基づいた)根拠があるのか、あるいは定性的な(座談会や口コミ調査、あるいは上田先生本人の経験測に因るもの)根拠があるのか、今回の話ではよく分かりませんでした。

ですので、先生が挙げた数値もあくまで仮説なのか、根拠のある数字なのか不明瞭でしたが、少なくとも仮説なくして検証しようもないですし、策も打てないはずです。

そして、例えば上田先生のようなことを考えている演出家の先生は宝塚でどれだけいるのでしょうか。

演出家は演出が仕事(本業)であって、こういうことは劇団幹部(経営陣)が考えることだ、というのも正論です。

しかし、劇団幹部だけに任せていてはどうも心配なのは皆うすうす気付いているはずです。

商業演劇の演出家である以上、このくらいのことを考える演出家がもう少しいてもいいのではないでしょうか。

ただ、今回紹介された上田理論では男性ファンについての視座がありませんでした。

ですので、全人口の10%「以上」が宝塚ファンになる可能性があるはずで、さて男性の場合はどのくらいの割合でファンになり得るのか、是非先生のお考えを聞いてみたいです。


宝塚に出会った初めての作品でその人がファンになるかどうかがほぼ決まる。
そこに組、スターシステムの細かい部分はあまり影響しないはずである。
その一発勝負に負けない、出会いの公演で勝てる面白い作品を作りたい。


→これは小池先生もよくおっしゃっていることで当たり前のことなのですが、その「当たり前」が分かっていない演出家、組プロデューサーも少なくないのです。

「初めて観た人が(も)、面白いと思うかどうか」

普通の舞台芸術なら誰もが考えることを、宝塚は「自分たちは特殊だから」という「甘え」で都合良く逃げてきた部分が少なからずあるのです。

上田先生はまだ人生の中で「ファンではない時間」の方が長いため、宝塚が好きな気持ち、あるいはファンの視点を客観視できるのです。

そこが先生の強みであり、「初めて観た人」を楽しませるための想像力を働かせるのには有利だと思います。

ちなみに私もまだ人生の2/3くらいが「ファンではない時間」なので、僭越ながら上田先生の話には共感出来ることが多かったです。

ただし、上田先生と決定的に違うところは、「ファンでなかった時期」の記憶と感覚が徐々に薄れつつある点です。

「宝塚に興味なかった時期・・・その頃の私、(なぜファンではなかったのか)全く意味が分からない!」と最近思うようになってきました(笑)。

話を元に戻します。

上田先生は宝塚歌劇を世界中でも希有な文化として捉え、大切に保存していくことを考えています。
保存とは、ただ守るだけではなく、磨き、革新することでもあるということを上田先生は理解しています。

その志だけでも、なんと頼もしいことかと思いました。



さて、「極めて職人」な上田先生の対談は非常に中身が濃く、得るものも多かったです。
先生のお考え、かなりの部分で共感しましたし、聡明な方だと思いました。

だからこそ、舞台を観なければ私はこれ以上何も書くことができません。
いつも申し上げている通り、私は評論家ではなく(評論家になれるわけもなく)、あくまで観劇家。

観なければ何も始まらないですし、何も感想は述べられません。

月組天王洲 銀河劇場公演「月雲の皇子」、観劇します。
観劇の機会に恵まれました。ありがたく思います。

対談は対談として、舞台はあくまで舞台として捉えたいです。
極力先入観を捨て、期待はしますが、それ以上余計な気持ちに流されたくありません。

年内は宙組東京公演、そしてこの月組天王洲 銀河劇場公演が最後の観劇になります。

暮れも差し迫る中ですが、観劇できる時間とお金が許す限り、年内一杯まで観劇活動に邁進していきます。

雪組大劇場、月組ドラマシティの公演レポートも少しずつですが書いていきますので、お楽しみに!

(「演出家プリズムに見る」、次回は小柳菜穂子先生について書きます。)


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