クイズ番組に、大沢あかねが出ていた。元(いや現役か?)プロ野球選手・監督の、大沢啓二(大沢親分)の孫である。
問題:戦国時代によく見られた、上位の者を下位の者が押しのけて、その地位を得ることを何と言うか。
ピコッ!(ボタンを押す音)
大沢:「御家人斬九郎!」
・・・う~む・・・すごい。その後もぶっとび回答を連発していた。ダテに乳がデカイわけじゃないらしい。ちょっと見直した。
クイズ番組に、大沢あかねが出ていた。元(いや現役か?)プロ野球選手・監督の、大沢啓二(大沢親分)の孫である。
問題:戦国時代によく見られた、上位の者を下位の者が押しのけて、その地位を得ることを何と言うか。
ピコッ!(ボタンを押す音)
大沢:「御家人斬九郎!」
・・・う~む・・・すごい。その後もぶっとび回答を連発していた。ダテに乳がデカイわけじゃないらしい。ちょっと見直した。
BS放送のガンダム特番を録画したビデオを観ていた。NHKのアナウンサーと岡田斗司夫がガンダム好きのゲストを交えてモビルスーツについて熱く語っていた。その番組は千葉県松戸市にあるバンダイミュージアムに設置されたスタジオから放送されていた。
100円ショップで買ったポテトチップスを食べながらそのビデオを観ていたのだが、そのパッケージを何気なく見てみたら、原産国は中国で、輸入者は千葉県松戸市の株式会社宮田と書いてあった。こういうのを共時性と言うのかな、と思った。しかし、何の意味もなさそうな共時性だ。
自由を実感するとき、心の底から元気が沸いてくる。実感の伴わない、言葉だけの自由には何の意味もない。自由が感じられないのは、見えないルールに縛られていることに気づかないからだ。逸脱することへの怯えがあることに気づかないからだ。
自由は実感である。感じるものがあるということは、何かがそこにあるということだ。見えない何かがあり、そこから元気が沸いてくる。あるいは、心を縛っていたルールが消えたことで、抑えつけられていた本来の元気が解放されるということかもしれない。
自由というものがあるのか、それとも怯えがない状態のことを自由と言うのか。どちらでもいい。自由とは定義ではなく、実感なのだから。
探し物をしてネットをうろついていたら、面白いソフトを見つけた。"modulobe"というロボットシミュレータみたいなソフトだ。2種類の部品を組み合わせるだけという簡単で単純なおもちゃソフトで、わかりやすく、動作も軽快。
チュートリアルやサンプル、ユーザの作った作品などはWikiサイトとして公開されている。自分もいくつか作品を作って登録してみた。
これは原理が単純なだけに、凝りだすといろいろ複雑なものを作ってみたくなる。編集は3D画面でブロックを組み立てるように作業する。作ったものは画面上ですぐに動作を確認できるので、自分がやりたいことと、実際の動作の違いを検証しながらの調整がしやすい。
たぶんしばらくの間はこのソフトにハマることだろう。徐々に複雑なこともできるようにバージョンアップしてくれることを期待している。