今年2度目の教育旅行受け入れ。
来てくれたのは、中学3年という多感な年代の子たちだが、その子たちに田舎のあれこれをお伝えする度に、彼女たちの目から感ずることがある。
それは、学びの心。
誰しもが経験する多感な時期には親との距離を考えたり、自己主張が出てくるなど、子供から少し大人への階段を上るもの。
そんな彼らと接するにあたって、どういった話題に興味を示すのか、そんな反応を確認しつつ非日常の空間を楽しんでもらうのが、我々の務めである。
わたしの場合は、大概、こんな話を送迎の行き帰りの車内で話すことにしている。
⒈宿に向かう時
⑴福井県の魅力
幸福度No. 1や社長が一番多い等
⑵何故、幸福?
①自分時間の有効活用
②自然との調和
・空気、水、食(材)の豊かさ
・犬、ウサギ、鶏
⑶羽を広げて過ごしてね!
2.宿から集合場所へ戻る時
⑴ 指文字はマスターした?
大体、宿泊時の夕食タイムで指文字を教えるが、殆どの子がマスターする。
⑵人の生死を分かつ3項目(サバイバル333の法則)
⑶地球環境を守り続ける
そんな語りを耳にしている子たちの目は、知ることへの喜びに満ちているような気が。
世では体験格差が話題になることがあるが、何かと便利になってきた昨今だと、(個人的には意外なのだが)自然への敬愛や畏敬という学びは、なかなか出来ないものだったりする。
だからか、感受性豊かなこの子たちが、純粋に自然との触れ合いが心地よいものだと「知る」キッカケになったことが我が事のように嬉しい。
そして、そういったご縁は、身なりは老いたとはいえ、わたし自身も童心にかえることになる。
実のところ、毎日のように自然を愛でる生活になっているので、自分の過去と比べても断然、思考回路がシンプルになっているのは痛感する。
そう、今となっては世間ズレって何だろう?とさえ。
単純に心洗われる環境に身を置けば良いし、物事を複雑に考える必要もない。
でも、人が多ければ、そうはいかないのも事実。
そんな事は、自らの生い立ちを思えばよく分かるだけに、今は本当に自分が選択した道には意味があったと言える。
未だ、自分の存在を「和多志」とまでは言えぬものの、それも我が純情に従っているだけのことで、そこに未熟さを覚えることはない。
それの善し悪しは賛否両論あるが、少なくとも次世代の可憐なる花の心を明るく照らす手伝いくらいにはなるであろう。
常に己の進路を求めて止まざるは水なり…ですね。
◎
心地よい気候に恵まれて、畑で寝転ぶレイ🐕を囲む子供たち。
恒例となった田んぼでのお散歩も。裸足になって泥のパワーを感じてくれてます☺️今回は皆んな転けなかったね〜!
夜はホタル鑑賞。初めて見たという子も多かったが、この美しい光景を大きくなっても心に留めておいてくれるとイイですね。
実際に、どんな虫なのか、発光の様子を見てもらいました。
伝統薬味「山うに」の素材でも赤なんばも連日の暑さで実がなってきています。
今年は梅が殆んどなっていないのは、この地も同じ。でも、見つけました!梅シロップを作ってもらいますか!