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活字メディアを中心としたレビュー


面白い本たち-戦場の掟
2009年、講談社

イラク戦争に従軍したアメリカの民間警備会社に関するルポルタージュ。2008年度ピューリッツァ賞を受賞している。

戦争とは何か。一種の外交手段とする人もいるだろうし、絶対に避けるべき過ちと捉える人もいるだろう。はっきり言えるのは、アメリカにとっての戦争は、経済活動としての側面が強いということである。

アメリカ経済がいわゆる「戦争経済」であるというのは、多くの論者が指摘するところである。製造業は衰退し、金融や情報分野は生き残っているものの、それだけでは経済が成り立たない。そこで軍需産業群が経済を牽引するために、定期的に戦争をやる、という話である。

戦争=ビジネスなのであれば、当然、経済的な合理性が重視される。アウトソーシングできる部分は、アウトソーシングする。本書で登場する民間警備会社も、そのような流れのなかで存在感を強めてきた。実質的に軍隊であっても警備会社と呼ばれるのは、市場化された戦争を象徴するように思える。

本書はそんな民間警備会社で働く人々に焦点をあて、彼らの日常を生々しく伝えている。表向きは民間人であっても、時に米軍本隊の護衛をつとめる社員たちは、極めて厳しい状況に置かれている。戦場なんだから厳しいのは当たり前と思うかもしれないが、正確に言えば、戦場の厳しさとは異なった厳しさである。

会社がやるべきことは何か?多くの顧客を獲得して利益をあげることである。結果、警備会社間の競争が進み、より危険な仕事をより安く請け負うという状況が生まれる。社員たちを取り巻くのは、そういう厳しさである。本書の優れた点は、現場で働く人々に対する徹底した取材から、そうした厳しさを明らかにしている点だ。リベラル派の「綺麗事」な批判では決してない。

市場化された戦争は、多くのグロテスクな矛盾をはらむ。いわゆる「誤射事件」で悪名高い警備会社、ブラック・ウォーター(創業者エリック・プリンスは元ネイビーシールズのキリスト教右派で、現代の十字軍を自認。共和党の有力支援者。)に関しては、次のような矛盾が指摘されている。

ブラック・ウォーターを活動できないようにできるのは、雇用者の米国務省だけだ。だが、ブラック・ウォーターがいなかったら、国務省そのものがイラク国内でなにもできなくなる(290頁)

明らかに行き過ぎである。でも行き過ぎ自体が、市場的には正当化される。ブラック・ウォーターは、現在ではXeサービシズLLCと社名変更しており、かつてのような影響力は持っていないといえる。しかし市場化された戦争は、今でも世界各地で繰り広げられている。正当化される行き過ぎもまた、続いている。