ハードボイルドの第一人者シミタツの珠玉の短編集。
40代をモチーフにしたものもあるが、
基本的には団塊の世代から上の人生の最後の下り坂にさしかかった
男たちの機微を見事なまでに描いている。
読み始めは、少しぼくには早いかな・・・的な感じだったんだが、
読み進めるにつれ、深層心理の奥深くにまで届くようなその文体に
正直、心を奪われ、たまらなくなってしまった。
皆、それぞれにいろんな過去があり、その葛藤の中で人生を決める者、
あるいはどうしようもない時の流れによって今を生かされてる者・・・・。
ぼくたちはある意味逆らうことのできない大きな波の上にいる。
その波の上で、自分自身と人生とをどう折り合いをつけていくのか。
それは自分自身で決めることであって、自分自身で納得するもの。
この本からは、ある種の寂しさのようなものが感じられる。
でも、それは決して人生のやり残し感ではない。
むしろ精一杯誠実に生きてきた自分の足跡を振り返ったときに、
なぜかしら頬を伝うように落ちてくる涙のようなものだと思う。
人生、辛いことの方が多い。
でもぼくたちは、それを飲み込み、あるいはそれを吐き出し生きている。
その生き方の選択は人それぞれである。
この本は、そんないろんなことを、じんわりと感じさせてくれる。
長編を読むときは、最初の1行でその世界に自分が合うか合わないかが
その本を購入する選択のきっかけのようなものであるが、
志水辰夫さんの短編は、最後の1行に男の哀愁の全てが凝縮されていて、
その各章の締めくくりが、強烈に男のわびさびを感じさせる。
ふいに晩年のアート・ペッパーの「THESE FOOLISH THINGS」が浮かび、
男坂のひとつの章を読み終えたあと、ヘッドフォンで聴いてみた。
晩年のペッパーの哀愁漂うサックスの音色と志水辰夫の文体が混じり、
涙がとまらなかった。
ぼくは今、男としてどの辺りの坂を歩いているんだろう。
・・・・そんなことを考えながら。
