ひとり釣りして食って寝る in広島 -33ページ目

ひとり釣りして食って寝る in広島

ひとりで孤独に釣って自分でさばいて地酒片手に食って寝る。でも時には誰かと並んで釣糸を垂れていたい雑魚釣り専門サラリーマン。




さて、目的地はもう目前まで迫っているのだった。












そして、程なくして現れたのは…












苔むした石垣が組まれた、古めかしい溜め池の堰堤であった。




よく見ると、その堰堤の右側が大きく崩壊している。





これはもしかして…




嫌な予感を抱きつつ、堰堤の上までよじ登ってみた。















やはり、池の水は完全に抜けていた。


そして、かつての池の底は、イノシシのヌタ場と化していた。







豪雨の影響なのか、それとも意図的になのかはわからない。




ただ、最近こうなったわけではなく、

決壊してからかなりの年月が経過しているようだった。










ん?

あれは何だ?




えぐれた谷底に横たわる不審な石柱を発見。











接近す…








明らかに石の台座と、根元から折れた石柱だ…









さらに接近すると、薄っすらと文字が彫り込んであるのがわかった。





〝溜池復旧
         昭和十四年十月








これは、今から80年前にこの溜め池を修復した際の、復旧記念碑であった。




碑を建てるのは、

過去にも決壊を起こした事を後世に伝える、という意味もあるのだろうが、



それでも、長年にわたって下流の田畑を潤してきたこの溜め池に対する、

地域住民の愛着の表れのような、

そんな気もしてくる。





そしてこの溜め池は、戦後の食糧事情の向上とともに、最後の決壊を機にその役目を終えたのである。

昭和37年当時の溜め池。かつては多くの田畑へ水を供給していたのがわかる(写真:国土地理院)










しかし、道中に見かけたレンガ小屋にしても、水田跡にしても、

己に課せられた使命をただひたすらに全うし、ゆっくりと自然に還っていく姿は、

どことなく誇らしげで、神々しさすら漂っている。




人間たるわたくしも、いづれはかくありたい…







そう思った出来事であった。《完》