※プライバシー保護の為、大学名をイニシャル表記させて頂きます
そこには学生自治寮があり、建物は薄汚く相部屋ではあったが、
家賃が月額700円という空前絶後の安さだったので入寮を即決。
期待と不安を胸に、入学式当日から寮生活をスタートさせたのであった。
さて、入寮初夜から三夜連続で盛大に行われたのが「新入生歓迎オリエンテーション」。
その楽しげなイベント名からして、
てっきり先輩達と楽しくUNOでもしながら飲んだり食ったりして親睦を深める会なのだと、新寮生達は皆思っていたのだが…。
初日の19:00、会場となる寮内のホールに新寮生全員が集められたのだが、どういうわけか先輩達の姿がどこにも無い。
それどころか、ご馳走が並べられたテーブルやティッシュで作った紅白の花飾り等も何も無く、
とてもこれから歓迎会が始まるとは思えないほどガラーンとした会場だったのだ。
そうか、サプライズでいきなりクラッカーなんか鳴らしながら先輩達が登場するベタな演出でも用意しているのだろう、と呑気に構えていると…
ドガッシャーン!!!
「ウォリャアアアアアアアア!!!」
いきなりホール入口の鉄扉が蹴破られたかと思うと、
物凄い形相の先輩達がなだれ込んできて、一気に新寮生達の周囲を取り囲んだのである。
え?なになに?
これから楽しい宴が始まるんじゃないの?
しかし始まったのは、
この世のものとは思えぬ地獄の宴だったのである。
「ふざけんなテメェらぁぁぁぁぁ!!!」
と、まずはボス格の先輩の意味不明な第一声から始まり、
日中、大学の構内で先輩とすれ違った際、新寮生が全員無視した、というムチャクチャな理由で、
これから性根を叩き直す、というような内容の説明がなされた。
いや待て、今日入寮したばかりなのに、大学の構内で誰が寮の先輩かなんて分かるわけがないだろう。
しかしそんなのお構い無しで先輩からは容赦なく罵倒され、徹底的に寮生のルールを体で覚え込まされていった。
まずはいきなり5列縦隊に並ばされて点呼。
先輩の前では目線は常に斜め上40度。
つま先は30度開き、両手は指先を伸ばして体側へ。
シャツの裾はズボンにイン。
隣の奴は、丈が長めのダウンジャケットを着ており、
例外は認められないので、三人がかりで裾を無理矢理インさせ、
ジャージの股間がモコモコになっていた。
これが新寮生の基本スタイルだ。
多岐にわたる寮内の規則・行動指針は、一度だけ先輩が読み上げたものを瞬時に暗記し、大声で繰り返し発声しなければならない。
たまに個別に指名されて規則等を大声で暗唱させられるのだが、
少しでも間違えたり、詰まったりすれば、瞬く間に4、5人の先輩に取り囲まれて一斉に罵声を浴びせられるのだ。
そんなのが延々と二時間ノンストップで行われ、
終わった頃には皆ボロ雑巾のようにヘタリ込み、
声はガラガラ、放心状態で自分の部屋へと戻って行った…。
そして次の日も、そのまた次の日も同じように〝歓迎会〟は行われたのである。
この常軌を逸した新歓オリテンが原因で、
入寮からわずか一週間の間に、新寮生の約半数が退寮した(脱走・行方不明も含む)。
ワタクシもたまらず実家へ電話し、この窮状を訴えようとしたのだが、
声があまりにもガラガラなので、「オレだよオレ!」と何度言っても本人と認識して貰えず、
父親から「えー加減にせーよ!オレオレ詐偽で警察に通報するけーのォ!アホんだら!ガチャ!」
と電話を切られること十数回。
数日後に声質がようやく回復し、実家とも連絡が取れてめでたく退寮の運びとなったのである。
※大学側と対立構造を持つこのような〝自治寮〟は、上下関係を重視し、何かと封建的な体制になりがちであるが、
精神面が鍛えられたり、同じ釜の飯を食った掛け替えのない仲間を得たり、良い面だって沢山ある。
手を出された事は無かったし、普段の先輩はすごく優しかった。
ただワタクシの価値観と合わなかっただけなので、このような寮を否定するつもりは全く無い。
恐らくあの寮には、
〝学生とは何ぞや!〟〝大学とは何ぞや!〟と思い詰めた学生が巻き起こし、
1970年前後に隆盛を極めた「学生運動」の思想や体質が脈々と受け継がれていたのであろう。
そんな1970年代に活躍していた、このクラシカルなリール。
ふう、やっと釣り記事開始や、疲れた (;´д`)
先日のディープな釣り具屋で手に入れたものだが、
本日実戦投入させることになった。
以前釣れた事のあるカワハギを本命に、観音東浮防波堤へとやって来た。
平日だから、だれーも居らん。
平成の竿に、昭和がドッキング。
仕掛けは胴突で、エサは青虫。
百均のキラキラセロテープを適当な位置に貼り付けた。
そしてご老体(リール)にムチ打って、いざ出陣!
気を取直して、浮防波堤のあちこちを探り歩く。
一投毎に何かしらアタリは有り…
本命は一向に来ないものの…
雑魚釣りは十分に楽しめた。
竿は二本出し、片方は置き竿にしたが、こちらはヒイラギの猛攻に遭う。
結局この日、本命のカワハギは姿を現さなかった…。
しかし、
人間であれば1970年代の青春時代から人生をガムシャラに駆け抜け、定年退職して余生を謳歌していたところに、
再度嘱託社員として現場復帰させられたようなスピンマチックGS900は、
思いのほか快適に稼働し、〝カチカチカチカチ〟というノスタルジックな巻き取り音を、
浮防波堤の上に誇らしげに響かせていたのであった。











