統合失調症 | return-of-cd125tのブログ

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 私の後半の人生というのは、この世の様々な疫病のたまり場のように感じられる。2000年以降というのは、かなりきつい。仕事は全力を出すので勿論きつかったが、何と言っても、近親者の死というのは心の面だけでなく体を痛める。恵まれた分だけ、そのしっぺ返しも相当なものだ。

2,3年前に家内が統合失調症という診断を精神科医から下された。原因は特にわかってはいないのだが、そういう病名を付けているらしい。最近はそれもやっと落ち着き、わけのわからないことも言わなくなった。

20年来、家内の母親は妹夫婦とその実家で暮らしていたが、いつの間にか認知症になっていた、その異変に気付かず土日祝日、休暇には追っかけコンサート遠征だとかに忙しく、80歳近くになっていた母親は誰もいない家に一人放っておかれた。

老人には孤独が最も毒だというのだが本当のようだ。それでも介護センターにだけは通っていた義母だが、その間でも妹夫婦は母親の認知症には全く気が付いていなかった。逆に、介護士たちは義母の認知症について既に知っていた。

遊びも度が過ぎると周囲のことは目に入らなくなるようだ。親方日の丸企業に勤める妹の旦那を責めるわけではないが、なるほどなと思う。彼は高卒だが工業系で優秀で私などとても太刀打ちできる相手ではないし、強烈な理数系の頭の良さには羨望を覚える。中学の時に彼の両親が離婚、妹、弟の授業参観などにも親代わりで出席したという。兄がいるのだが、行方知れずという。もし彼が大学に行っていたら、おそらく官僚にでもなっていたかもしれない。背丈は180センチを超える男だから破格だ。飲むビールの量も毎日大瓶3本くらいは軽い。酒を飲んでいるときはご機嫌なのだがしらふの時は不機嫌で、嫌なことがあると大声で近所をはばからず奇声を上げる。義母もなかなか豪傑な方だが、これには閉口して私に、時々私に愚痴をこぼす。

家内は母親の性格と折り合わず、20年以上も前から長女でありながら義母と別居してきた。そんな、嫌で嫌でたまらない認知症になってしまった母親を看る羽目になったことと、私のリュウマチが家内のストレスを倍加したようだ。飼い猫が死んだといってひと月以上も寝込むほどの病的な彼女が私の嫁さんだ。かといって、決して弱い人間でもない、やくざにでもくってかかるようなところのある、複雑怪奇なところもある。結局、私はいつも泣かされている。

 

因みに、重惑星である土星木星が自分の座に入ると個人の運勢でも国家でも相当なストレスと強力な磁場が発生するようだ。強い義務を後押しするような感じというか、並ではない日常に甘んじていられない大きな力が働く。その重圧に耐えれれなくなるとそこでおしまい。もしくは、強力に発展するかのどちらかだ。大東亜戦争前の陛下がこの運勢だった。