旧陸軍のしごきは陰湿で他国の軍隊には見られない悪辣で、外地でも残虐行為を日常的に行っていたというのが戦後定着し、それでも、海軍は戦争反対の良心的軍隊だったというのが定説になった。日本陸軍は皇軍でありながら犯罪集団的軍隊であったというのだ。戦後、そのような、イメージ作りが行われてきたようだ。我々、主権回復直後に生まれてきた世代はテレビで”人間の条件”だとかの反戦ドラマや映画で日本人の軍隊は常に部下や弱者に鉄拳制裁を加えている悪い軍隊というイメージを植え付けられてきた。しかし、軍隊と言うものはそういうものなのだ。軍事訓練とはそうした厳しい側面を持つのはやむを得ない。ぼやぼやしていれば、こちらが殺られる世界で、お上品な訓練では話にはならない。これは、日本に限らずどこの国でも同じことだ。と、思ったが、やはり、日本の軍隊は相当厳しいものだったようだ。ビンタは日常のことだった。(私の父も自分だけは絶対に殴られないだろうと自身を持っていたが、思いがけず一回だけ殴られたことがあったと話してくれた。)だからこそ、世界最強の軍隊になり得た。戦前、日本は東亜の独立支援のため現地人達に厳しい軍事訓練を行った。お陰でよく鍛えられた日本仕込みの軍隊によって彼らは白人植民地支配から脱することが出来たのだ。実は私も10年ほど前までは、、日本が東南アジアに進出したわけは漠としてわからなかった。小学生のころ納屋で見つけた戦前の辞書の裏表紙には日本領土として真っ赤に色付けされたアジアの地図が印刷されていたのを鮮明に覚えている。母親に、この赤いところは全部日本だったのかと聞くと母親はそうだ、と答えた。それで、どうして今の日本はこれだけの小さな国に成ったしまったのかと聞くと戦争に負けたからだと言った。満洲、朝鮮、台湾は日本が積極的に領土としたわけではない。 アメリカやロシア他の白人国家から植民地にされないための専守防衛の副産物であった。だが、国際的には当時のこの領土と言うべきか、運営地を日本が上手くやっていたことを白人植民地国家群は快くは思ってはいなかったどころか、有色人種の日本人を排除したかったのは確かだ。ところが、実際、同じ資本主義陣営の一員である日本を戦争に誘い込み、アジアから日本を排除することに成功した白人連合国の思惑は逆にアジアの共産主義化に貢献することとなり、その共産主義化を防ぐために、朝鮮戦争、ベトナム戦争と無駄で徒労な戦いを余儀なくされた。おまけに、彼ら白人はインド、インドネシア、マレイシア、ビルマ、フィリピン、ベトナムの植民地を全て失うことになった。まったく、馬鹿で愚かなチャーチル、ルーズベルトだ。完全な物量差のアメリカと太平洋で日本が戦ったことも何故なのか分からなかった。ただ、日本は軍国主義の国だから無謀で無駄な戦争を仕掛けたのだと漠然と思っていたようだ。しかし、20歳頃だったろうか、アーロン収容所という、会田雄二氏の著書を知人に紹介された。この本をさらっと読んだだけだが、戦前の日本人をイギリス人は猿くらいにしか考えていなかったというのだ。この辺りから私の大東亜戦争についての認識の変化が目覚め始めた。 結論として、日本が満洲や朝鮮、台湾を領土としていたことが悪く言われるが、白人のように現地人を奴隷的に扱うでもなく、ほぼ、平等な待遇で、現地人には歓迎されていたのだ。島国の日本が何故、大陸に出ていかざるを得なかったのかと言えば、古くは帝国ロシアの領土拡大を阻止するための歯止めとして、後にはソビエト共産独裁国家によるアジア共産化の防波堤を担っていた。本来はシナがロシアやソビエトの侵略から守るべきシナは近代化に遅れ弱すぎたからだ。蒋介石は初志を忘れ、アメリカを中心とする白人国家に媚びを売り、日本を敵に回した。史実からは無視されてはいるが汪兆銘政権は日本と呼応して大東亜共栄圏の構築に参加していた。 よく、言われるのは満洲鉄道の利権をアメリカと分かっていればアメリカと戦う事はなかったと言われるが、自国だけで充分に資源も物資も賄える豊かな大地を持ちながら、まだ足りない胃袋を満たすためにアメリカが日本に仕掛けた戦争だ。