さびしんぼう(1985) | Bokuと映画  Chackn'sBlog

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映像の魔術師 大林宣彦監督の「転校生」「時をかける少女」に続く尾道三部作の3作目

 

当時高校生だった富田靖子さんヒロインの青春映画

 

 

親愛なるフレデリック・ショパンさんよ・・

 

 

「さびしんぼう」

 

 

 

 

 

1985年公開 / 112分 / 日本 

 

監督    大林宣彦
脚本    剣持亘/内藤忠司/大林宣彦
音楽    宮崎尚志
撮影    阪本善尚
製作会社    アミューズ・シネマ・シティ/東宝映画
配給    東宝

 

キャスト

富田靖子/尾美としのり/藤田弓子/小林稔侍/佐藤允/岸部一徳/秋川リサ/入江若葉/大山大介/砂川真吾/浦辺粂子/樹木希林/小林聡美他

 

「転校生」「時をかける少女」に続く“尾道3部作”の最終作。大林宣彦監督が故郷尾道市を舞台に、ノスタルジックにつづった甘く切ない青春ファンタジーの感動作。寺の住職の一人息子・ヒロキはカメラ好きの高校2年生。さえない毎日を送るヒロキは、隣の女子校で放課後になるとショパンの『別れの曲』を弾く少女に恋心を抱いていた。彼女を勝手に“さびしんぼう”と呼んでいたヒロキの前に、ある日、ピエロのような格好をして“さびしんぼう”と名乗る謎の女の子が現れた……。二役を演じた富田靖子が瑞々しい演技を見せ魅力的。

(allcinemaより抜粋)

 

*****

 

どもです。

 

こちらも以前記事を挙げてはいたのですが、また再考察でやりたい1つでしたので

 

久しぶりに観返しましてやります。

 

 

いやー、、

 

泣けますな。

 

 

 

当時の思い出とともに思いだされます。

 

ヒロインの富田靖子さんは清楚な高校生の橘百合子と

 

白塗りの顔の不思議な少女さびしんぼうの2役(正確には4役)を演じます。

 

 

 

 

 

富田さんはデビュー作「アイ子十六歳」の時は実は14歳で、

 

この「さびしんぼう」の時が16歳で、実際この作品でも16歳の役を演じています。

 

作中の主人公は尾美としのりさん演じる高校2年生の井上ヒロキ。

 

 

 

ちなみにこの人は当時19歳くらい(^^;

 

 

そしてもう一人

 

主人公の母、井上タツ子に藤田弓子さん

 

 

 

 

じつにチャーミングなお母様を演じております。

 

途中、母の幼馴染に樹木希林とその娘に小林聡美さんが登場するのだが

 

 

 

この出番の前に樹木希林さんは母の思い出の写真の中にも登場している。

 

 

 

 

ちょっとアップにしてみましょう

 

 

 

 

 

はい。かわいい。

 

 

このお二人は若いころ文学座でかぶってはいると思うのだが

 

こんな写真は当時撮っていないと思われ、

 

この映画中に作った写真と思われる。

 

 

 

 

その他、お父さんに小林稔侍さん

 

 

先生役にはおなじみ岸部一徳さんに、秋川リサ、校長に佐藤允にPTA会長に入江若葉らが場を賑わす。

 

「場を賑わす」

 

そう。この作品は中盤あたりまではドタバタコメディだ。

 

それも結構なベタなスラップスティックコメディ。

 

実際私もちょっと違和感を覚えるというか正直退屈である。

 

 

せめて初期の「HOUSE」や「金田一耕助の冒険」のような映像的トリック的な場面でも2,3あれば場が持つんじゃないかなとも思えるが、

 

この作品にはほとんどそのようなお得意のオプチカル効果の映像は出てこない。

 

あるとすればカメラのファインダー越しに映る映像くらいなものか

 

 

 

尾道映画では

 

自主映画的な前衛的な映像をなるべく撮らないようにはしているのだが

 

「転校生」の入れ替わりのコマ送りと早いカット割り

 

「時をかける少女」のタイムリープ時の映像など

 

要所では使っていたオプチカルの技法がほとんどない。

 

 

しかしそれは後半のせつないラブロマンスに向けてのバランスにより

 

あえて排除したのかもしれない。

 

 

そのかわり尾道の情緒あふれる懐かしい色合いの風景、

 

そしてこの作品で重要なショパンの「別れの曲」の旋律

 

後半の二人の「さびしんぼう」に見事に合わさり

 

感情移入してしまう。

 

 

 

 

 

ここで二人の「さびしんぼう」の話をしましょう

 

 

 

ネタバレ必至です。ご容赦くだされ。

 

 

 

 

まずは主人公のあこがれのヒロイン橘百合子

 

 

 

 

彼女は女子高までフェリーに乗ってやってくる

 

海の向こう側というのも別の世界という意味合いなのかもしれない

 

奇跡的にもヒロキは彼女と知り合うが

 

 

 

 

彼女に会わないでと手紙で言われる

 

ちゃんとしたお別れをするためヒロキはフェリーに乗り彼女に会いに行く

 

 

そこで制服じゃない着物姿の彼女を見る

 

 

母の形見の絣の着物

 

「どうか反対側の顔は見ないで」と言われる。

 

去り際に走っていく彼女の後姿が切ない。

 

 

 

そしてもう一人のさびしんぼうは

 

16の頃の母の姿である

 

 

 

演劇の写真の中の彼女が

 

大掃除の時に飛んでいき家の中を飛び回っていたのだ。

 

 

この格好は演劇の衣装なわけで

 

片思いの切ない気持ちを演じてたのだろうか

 

ピエロのようなちょっと泣いたような顔にも見える

 

井上家を神出鬼没の彼女だが

 

監督お得意の合成やコマ送りなどを今回は使用しない

 

カメラのフレームにインしたりアウトしたりしてくるだけなのだ。

 

このあたりはちょっと演劇っぽい。

 

 

彼女は頭がよくショパンの「別れの曲」を上手にピアノで弾く男に片思いしていたが、恋は実らず。

 

そして他の男性と結婚し、

 

息子にその名前を付けていた。

 

 

息子が高校生になると

 

ピアノだ、勉強だとがみがみ言う。

 

 

 

息子が百合子と別れた日、

 

さびしんぼう=母の誕生日だった。

 

 

写真から出てきたさびしんぼうは写真裏に「16歳」と書かれてあり、

 

17歳をむかえると消えてしまう。

 

おまけに写真だから水にも弱い。

 

 

息子ヒロキが分かれた日=母の誕生日は

 

夜から大雨になっていた。

 

ヒロキ濡れながら家路に急ぐと

 

階段下で写真のさびしんぼうが心配で待っていた。

 

濡れながら心配で待っていたのだ。

 

目の化粧の黒い縁取りが濡れて涙のように流れ落ちる

 

「おまえ泣いてるのか?」

 

息子ヒロキが言う

 

 

 

さびしんぼうも優しいが

 

息子ヒロキも人にやさしい。

 

写真のさびしんぼうは母だが

 

まだ16歳なのだ。

 

自分の好きな人とダブり

 

お互いを支え合うように抱擁する

 

 

 

この男と女の愛するということが

 

どの時代もショパンの名曲のように引き継がれていくよってことが

 

この映画のテーマであろう。

 

 

この作品も以前感じたことと

 

今回観返して思ったことが違っていた。

 

それは母の愛と恋する気持ち、

 

それからショパンの「別れの曲」すべてがバラバラなイメージでいたのだが、

 

じつはそれぞれが意味を持って作品名で見事に重なっていたのだ。

 

 

それが全てラストカットに繋がる。

 

 

 

監督ご自身の思い入れもきっとあった作品でしょう。

 

フィルムを買うお金がなく

 

フィルム無しでファインダーを覗いていた頃。

 

そして雑誌を切り抜き貼り合わせて合成写真を作っていた頃ということだ。

 

着物も監督の思い出かもしれない

 

もしかして、

 

おバカな同級生の3人組は「3ばか大将」か?

 

 

 

 

 

そんな好きな映画や、ふるさとも

 

不変の愛のたまものだということかもしれないね。

 

 

大林作品は

 

カテゴリを別にちょっと作ろうかなと思っています。

 

また記事にしてない作品もまた観返すときにでもいくつかやりましょう。

 

またカテゴリはちょっと色々思案してます。

 

 

とりま、来週は鹿児島へちょっと帰ります。

 

久しぶりに孫が観れるのが楽しみでね(^^)

 

では。