「後継者がなかなか育たなくてね。」
経営者の方と話していると、この言葉を耳にする機会は少なくありません。
能力の問題なのか、経験不足なのか、それとも覚悟が足りないのか――
話は自然と「人材」の問題へと向かいます。
けれど、対話を重ねていくと、少し違う景色が見えてくることがあります。
本当に「育っていない」のでしょうか
後継者が育たない。
そう感じている経営者ほど、実は日々多くの判断を後継候補に任せ始めています。
会議に参加させる。
取引先を任せる。
意思決定の場に同席させる。
外から見れば、着実に承継は進んでいるようにも見えます。
それでもどこかに残る違和感。
「まだ任せきれない」という感覚。
この正体は、能力不足ではない場合があります。
経営は“言葉になっていない判断”で成り立っている
長く会社を経営してきた人ほど、意思決定は直感的になります。
数字だけでは説明できない判断。
経験からくる感覚。
言葉にしなくても分かっている前提。
それらは、長い年月の中で積み重なった「暗黙知」です。
しかし、その暗黙知こそが、承継を難しくします。
後継者は能力が足りないのではなく、
判断の背景を理解するための言葉を受け取っていないだけなのかもしれません。
言葉になっていない三つのもの
多くの経営者が、無意識のうちに抱えているものがあります。
① 判断基準
なぜその決断をしたのか。
数字ではなく、「どこを見て判断したのか」という感覚。
② 守ってきた価値観
利益より優先してきたもの。
会社として譲らなかった姿勢。
③ 手放せない責任感
失敗させたくない。
社員や取引先を守りたいという思い。
これらは資料には残りません。
けれど、会社の本質を形づくっています。
後継者は「育てる」のではなく、理解できる状態をつくる
承継というと、制度や計画づくりが先に語られがちです。
もちろん、それらは重要です。
しかし実際に承継が進み始める瞬間は、もっと静かなところにあります。
経営者が自分の判断を言葉にし始めたときです。
「あのとき、なぜそう決めたのか」
「本当は何を大事にしていたのか」
その説明を聞いたとき、後継者は初めて経営の輪郭を理解します。
理解が生まれると、任せることへの不安も少しずつ変わっていきます。
最初の一歩は、小さな振り返りから
大きな制度を整える前にできることがあります。
- 最近迷った判断を振り返る
- なぜそう決めたのかを言葉にしてみる
- 背景にあった思いを共有してみる
それだけでも、承継は静かに動き始めます。
事業承継は、経営者自身の時間でもある
事業承継は、会社の未来を決めるプロセスであると同時に、
経営者自身の歩みを振り返る時間でもあります。
何を守り、何を選び続けてきたのか。
それを言葉にすることは、単なる引き継ぎではありません。
自分の経営を整理する時間でもあります。
もし、頭の中にある考えを一度言葉にしてみたいと感じたなら、
対話という形で整理してみるのも一つの方法です。
すぐに結論を出す必要はありません。
ただ、自分の考えを外に置いてみることで見えてくるものがあります。
事業承継は、大きな決断から始まるのではなく、
一つの言葉から始まるのかもしれません。


