このブログは、人生の転機を迎えたときに
「答え」や「成功ルート」を探す場所ではありません。
何かを始めるための記事でもありません。
ただ、これからの人生をどう生きたいのか。
その問いに向き合うために、
いったん自分の人生へ意識を戻すための“思考の入口”として書いています。
読後、何かを決める必要はありません。
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年が明けても、気持ちが切り替わらない…
新しい目標を立てる気にもなれない…
周囲は動き出しているように見えるのに、
自分だけが足踏みしているような感覚が残る…
そんなとき、ふと頭をよぎるのが
「何か始めなきゃ」という言葉ではないでしょうか。
ところが不思議なことに、
そう思えば思うほど、手は止まり、考えは散らかり、
結局何も進まないまま時間だけが過ぎていく。
この状態を、意欲不足や年齢のせいだと感じてしまう方も少なくありません。
けれど、50代で起きているこの感覚は、
決して能力が落ちたからでも、
気力がなくなったからでもないように思います。
若い頃の不安は、行動の燃料だった
若い頃の行動原理を振り返ると、
不安は「動くためのエネルギー」でした。
将来が見えないから学び、
先が不安だから経験を積み、
動くことで不安を消そうとしてきた。
けれど50代になると、不安の質が変わります。
仕事も経験もそれなりに積み、
選択肢が増えたはずなのに、
そのどれにも以前ほどの納得感を感じられなくなる。
結果として、不安は行動の燃料ではなく、
判断を慎重にさせるブレーキに変わっていきます。
これは衰えではなく、
人生を見る視点が変わったことによる自然な変化です。
50代は「加速」から「再定義」へ移行する時期
50代は、人生の“加速フェーズ”から
“再定義フェーズ”へ移行する時期とも言えます。
これまでは、
どれだけ積み上げるか、どこまで広げるかが重要でした。
しかしこれからは、
何を増やすかより、何を選び直すか。
どれだけ得るかより、何に納得して生きるか。
問いそのものが変わっていきます。
その変化の途中にいるとき、
人は簡単に動けなくなります。
それは迷っているというより、
「自分の基準をつくり直そうとしている」状態に近いのかもしれません。
動けない時間は、内側で整理が始まっている時間でもある
だから、何かを始められない時期は、
立ち止まっているのではなく、
内側で整理が始まっている時間でもあります。
これまでの経験や価値観を一度ほどき、
この先の人生に何を残したいのかを静かに問い直している。
行動が止まるのは、
動けなくなったのではなく、
簡単に動きたくなくなっただけなのかもしれません。
人生後半に必要なのは、行動より「整理」
人生後半に必要なのは、
焦って選択肢を増やすことではなく、
自分の人生にとって何が意味を持つのかを整理すること。
行動するかどうかは、
そのあとに決めても遅くはありません。
今は、無理に前へ進まなくてもいい時期なのだと思います。
答えを急がなくても大丈夫
もし今、
「何をするか」よりも
「自分は何を大切にして生きたいのか」を
少し整理してみたいと感じているなら…
答えを急がなくても大丈夫です。
ただ、自分の人生に意識を戻す時間を持つことが、
次の選択を静かに支えてくれることがあるのです。



