仕事をしていて、特に困っているわけではない。
長く続けてきた仕事なら、それなりに分かっている。
何かあれば相談される。
トラブルが起きても、これまでの経験から対処できる。
社内には、自分のことを知っている人もたくさんいる。
役職があれば、それに伴う責任や権限もあるでしょう。
20年、30年と働いてきたのだから、
自分なりに積み上げてきたものもある。
それでも、50代になって、
ふとこんなことを考えることはないでしょうか。
「もし、この会社を離れたら、自分に何が残るんだろう。」
今すぐ会社を辞めたいわけではありません。
転職を考えているわけでもない。
でも、役職定年や定年、
その先の働き方が少しずつ現実味を帯びてくると、
会社の中にいる自分と、
会社を離れた自分との違いが気になることがあります。
「今できていることは、この会社にいるからできているだけなのではないか。」
「肩書がなくなったら、自分には何があるのだろう。」
そんな問いです。
会社の中にいると、自分と会社を分けて見るのは難しい
会社で長く働いていると、会社が持っているものと、
自分自身が持っているものが少しずつ重なっていきます。
会社の名前
役職
社内での権限
長年築いてきた人間関係
その会社だからこそ得られる情報
取引先との信用
そして、その環境の中で発揮している自分自身の経験や能力
普段は、それらを一つひとつ分けて考える必要がありません。
会社という環境の中で、すべてが一体となって機能しているからです。
だからこそ、
「どこまでが会社の力で、どこからが自分自身の力なのか」
を、一人で見極めるのは意外と難しいものです。
むしろ、会社の中で順調に仕事ができているほど、
その違いに気づきにくいのかもしれません。
私自身、会社の外に出て初めて気づいた
私自身、不況によるリストラを経験したことがあります。
それまで普通に会社員として働き、仕事を任され、
周囲から頼られることもありました。
自分なりに経験も積んできたつもりでした。
だから当然、
「自分には、これくらいのことができる」
という感覚も持っていました。
ところが、会社という環境から突然離れたとき、
その見え方は大きく変わりました。
それまで自分の力だと思っていたものの中には、
会社の名前や肩書、社内の人間関係、
そこで共有されている情報や文脈に支えられていたものが、
思っていた以上に含まれていました。
会社の中では当たり前に通じていたことが、
外ではそのまま通じるとは限らない。
会社の看板があるから会えていた人もいる。
役職があるから動かせていたこともある。
その現実を、会社の外に出て初めて知りました。
一方で、会社がなくなっても、
自分の中に残っているものもありました。
人の話を聞くこと
状況を整理すること
問題が起きたとき、何から考えればいいのかを見極めること
これまで経験してきたことを別の場面へ応用すること
そうしたものは、会社を離れたからといって
消えるものではありませんでした。
ただ、当時の私は、それを会社の中にいるうちに
十分整理できていたわけではありません。
会社の外に出て、初めて
「会社の力」と「自分に残ったもの」を
分けて考えることになったのです。
会社を離れることが決まってからでは、余裕がなくなることもある
リストラのような出来事は、
本人が準備できるタイミングで起きるとは限りません。
もちろん、誰にでも同じことが起きると言いたいわけではありません。
不安を煽りたいわけでもありません。
ただ、働き方や会社の状況は、
自分の意思だけでは決められないことがあります。
組織再編
事業の縮小
役職定年
定年
会社の業績
家族の事情
自分では予想していなかった変化によって、
今までの役割から離れることもあります。
そして、そのときになって初めて、
「さて、自分には何ができるだろう。」
と考えようとしても、気持ちにも時間にも余裕がないことがあります。
だから私は、
「会社を離れたら、自分に何が残るのか」という問いは、
会社を離れることが決まってから考えるものではない
と思っています。
むしろ、まだ仕事があり、役割があり、普通に働けている今だからこそ、
考えられる問いなのではないでしょうか。
今すぐ転職や独立を考える必要はありません。
ただ、「今の自分は、会社という環境とどのくらい一体になっているのだろう」と、
一度現在地を確認してみることはできます。
何かを決めるためではなく、
今の自分とこれからを整理する小さな入口としてご活用ください。
自分にとっての「当たり前」は、自分では見えにくい
では、会社を離れても残るものとは何なのでしょうか。
ここで、多くの人は資格や専門知識、
職務経歴などを考えます。
もちろん、それらも大切です。
でも、それだけではありません。
例えば、
誰かの相談を聞いて、話を整理すること。
トラブルが起きたとき、関係する人たちの間に入って調整すること。
経験の浅い人を見て、
「ここは先に確認しておいた方がいい」
と気づくこと。
会議で話がまとまらないとき、論点を整理すること。
相手の言葉になっていない要望を察すること。
長く仕事をしていると、こうしたことを能力だとは思わなくなります。
本人にとっては、
「いつもやっていること」
だからです。
でも、20年、30年働いてきた人の「いつもやっていること」の中には、
その年月がなければ身につかなかったものがたくさんあります。
問題は、それを自分一人では見つけにくいことです。
「自分には何もない」と感じる理由
自分にとって自然にできることほど、
価値として認識しにくいものです。
苦労している感覚がない。
特別なことをしているつもりもない。
だから、
「こんなことは誰でもできる」
と思ってしまいます。
でも、周囲から見れば違うことがあります。
「なぜか、この相談はいつもあなたに来る。」
「こういう場面になると、あなたが呼ばれる。」
「人からよく同じことを頼まれる。」
そこには、自分ではまだ言葉にできていない特徴があるかもしれません。
そして、会社の中に長くいると、
もう一つ見えにくいものがあります。
それは、その力が
会社固有のものなのか、それとも別の場所でも使えるものなのか
という違いです。
自分一人で考えていると、
会社名、仕事内容、役職という枠の中から、
なかなか抜け出せません。
その結果、
「この会社の仕事しかしてこなかった」
「外では通用しない」
「自分には特別な強みがない」
という結論になってしまうことがあります。
でも、本当に何もないのでしょうか。
もしかすると、
何もないのではなく、
まだ会社の言葉でしか自分を説明できていないだけなのかもしれません。
仕事内容ではなく、「どう仕事をしてきたか」を見る
例えば、長年営業をしてきた人がいるとします。
会社の外へ出たとき、
「自分には、この会社の商品を売った経験しかない」
と考えるかもしれません。
でも、もう少し細かく見ると違うものが見えてきます。
相手の話を聞く
本当の困りごとを見つける
提案を組み立てる
関係者を調整する
信頼関係を築く
問題が起きても、関係を壊さず対応する
こうしたものは、
一つの会社の商品だけに結びついた経験ではありません。
管理職についても同じです。
「部長をやっていました」
という肩書そのものは、会社を離れればなくなります。
でも、その立場で何をしてきたのでしょう。
人を育てた。
意見の違う人たちをまとめた。
判断した。
難しい状況で責任を引き受けた。
そうした経験までなくなるわけではありません。
何の仕事をしてきたのかだけではなく、
そこで自分はどんな力を使ってきたのか。
そこを見ると、会社という枠を外した自分が少しずつ見えてきます。
一人で棚卸しすることには限界がある
ここで、もう一つ伝えておきたいことがあります。
自分の経験を整理することは大切です。
でも、すべてを一人で見つけようとしなくてもいいと思います。
なぜなら、自分の中では当たり前になっているものほど、
自分では見えないからです。
誰かと話していて、
「それって、誰にでもできることではないですよ」
と言われて初めて気づく。
過去の経験について質問され、説明しているうちに、
「そういえば、自分はこういう場面でいつも同じ役割をしていたな」
と気づく。
そんなことがあります。
自分の経験は、自分自身にとって近すぎます。
だから、少し距離を置いて見てくれる人との対話によって初めて、
見えるものもあります。
会社にいるうちに、それを確認できるとしたら。
会社を離れてから慌てて探すのとは、ずいぶん違うはずです。
会社の中にいる今だから、できることがある
今の会社を辞める必要はありません。
転職活動を始める必要もありません。
副業を始めなければならないわけでもありません。
ただ、今の仕事をしながら、一つだけ視点を変えてみる。
今日は、どんなことで人から頼られたのか。
自分は、どんな場面なら自然に力を出せるのか。
どんな仕事では、経験があるからこそ先が読めるのか。
周囲は、自分のどんなところを頼っているのか。
そして、
それは会社の看板がなくなっても、自分の中に残るものだろうか。
そんな問いを持ちながら、普段の仕事を眺めてみる。
すると、会社の中にいるからこそ、
自分が日々使っている力を実際の場面で確かめることができます。
役割を失ってから過去を振り返るのではなく。
まだ役割を持っている今、その中から次へ持っていけるものを見つけていく。
私は、その方がずっと準備しやすいと思っています。
あとがき
私がリストラを経験したとき、
会社の外に出て初めて分かったことがありました。
会社に支えられていたもの
肩書によって使えていたもの
そして、それらがなくなっても、自分の中に残っていたもの
振り返れば、会社にいる間にもっと整理しておけたこともあったと思います。
でも、会社の中にいると、それは意外と見えません。
だから、この問いを今、会社の中にいる人にこそ渡したいと思っています。
「この会社を離れたら、自分に何が残るんだろう。」
これは、会社を辞めるための問いではありません。
今の仕事を否定する問いでもありません。
むしろ、これまで会社の中で積み上げてきた時間を、
自分自身のものとして改めて見つめ直すための問いです。
会社の中でしか使えないものもある。
でも、会社を離れても残るものもある。
その違いに、まだ会社の中にいるうちから少しずつ気づいておく。
それが、いつか役割が変わるとき、
自分の次を考える大きな助けになるのだと思います。
「自分には何が残るのだろう」と少しでも気になったら、
答えを急ぐ必要はありません。
まずは今、自分がどんな場所に立っているのか。
その現在地を確認するところから始めてみませんか。





