去年の今頃から、世界中でマスクは必需品となりました。今では街なかを歩いては、スーパーマーケットに入っては、マスクをしていない人を誰も見かけなくなりました。

私も外出時には不織布マスクを毎度毎日付けております。

 

そしてある時、ふと感じたのです。

何故か女性の視線が私の顔に向けられているのを。

最初は、マスクに何かがくっついているのだろうかと思いました。しかし、それが1週間以上続くに至って、ついに一つの仮説を立てることとなったのです。

私は意外と男前な目をしているのではないだろうかと。

マスク以外の部分がイケメンなのではないだろうかと。

しかし、そんなはずはない。

実際、私の目はどちらかと言うと吊り目です。キツネ目の男なのです。顔のパーツで分けるとすれば鼻はダンゴです。口はおちょぼです。アゴは髭剃り後の青が目立ちます。そして体に比して顔そのものがデカいです。

要するに、非常にアンバランスな顔なのです。

ところがマスクを付けてからというもの、例えば公営バスに乗った瞬間、はたまた例えばエレベーターのドアが開いた瞬間、それはもう女の人からの痛いほどの視線を感じてしまい……ああ、これは私がきっと顔半分の男前なのだと思い至ったのでした。

これまでの58年間で、初めての視線の連打です。

いいですか。58のオッサンに視線が集まるのですよ!

これ、ホンマでっせ。

 

「正真正銘のオットコマエさんやビジンダーさんたちにとっては、これがきっと日常なんだろうな」と、私も疑似体験をすることで悟ったのでした。

「お目出度い奴だ」と嗤われるのを覚悟で、その実感を知り合いの男性に伝えますと、何と彼も「ボクも同じなんや。コロナ以降、しょちゅう女性から見られるようになったわ」と言うのです。

そうすると、これは私だけの、ごく稀な狭い範囲の現象ではなくて、日本中、いや世界中で多くの男たちが視線を浴び出しているという世界規模のできごとなのかもしれません。

 

ところが、ここで一つ困ったことがあります。

私は戯曲執筆のため、自宅以外に、近所のマクドナルドに行くことが多々あります。二階建てのそこそこ大きな店です。お店では昨年の今頃までは、それこそ中学生たちの一団や子ども連れの若いママさんグループが賑やかにハイデシベルで会話されていたのですが、一度目の緊急事態宣言が発出されて以降、店内は異常に静かになり、けたたましさが無くなりました。少し前に若干大きめの声で携帯で話されていた男性が、他のお客さんに諫められたシーンを見ました。或いはまた、飲食が終わってマスクをつけずに会話が盛り上がっていた大人の男二人連れに、「話すのであればマスクをしてください」と注意した人もおられました。何だか凄い監視社会になってきたと言うかギスギス感が充満しているというか……まあそれはそれで違う意味で問題なのだとは思うのですが、そのことはここではさて置き、つまりは……賑やかさが常であったあのマクドナルドがまるで図書館状態になっているのです。この現象はとてもありがたく、集中して執筆にとりかかれるのです。私にすれば防音室で物音ひとつしない完ぺきな静寂などは逆に耐えられず、今のこの店のように適度な外音や店内でオーダーを取るやりとり程度のボリュームが聞こえるくらいが丁度良いのです。見渡せば、多くのお客様が本を読んだり、パソコンで仕事をしていたり、とにかくこの静かな環境を求めて来店されているのがわかるのです。たとえ話すときでも、ひっそりと会話をされている。

お店の売り上げには余り貢献していなさそうな人たちが多いので、マックとしてはどう思われているか知りません。が、つい最近のニュースによると全国のお店で販売が好調らしくて、デリバリーが伸びたことだけではなく、静けさを求めた客数の増加も業績アップにつながっているのではと、自分に都合よく解釈しています。

 

では何が困ったことなのかと言うと……、

私もマックには勿論マスクをつけて入店します。オーダーをレジ前で告げると商品待ちの客同士が密にならないように、店員さんが商品を(例えコーヒー一杯でも)既に二階の客席に座っている私の番号札を目印に持ってきてくれるのです。で、私はおもむろにコーヒーの紙コップの蓋を外し、砂糖とミルクを入れてかき混ぜて、蓋を閉めてコーヒーを飲もうとします。

そしてマスクを外します。

この瞬間です。

 

私がオトコマエでないことが一気にバレるのです。

ダダバレとなります。

 

私の顔をさっきからチラチラ見ていた女性が、「あぁあ」とガッカリ落胆するのがわかります。そして二度とチラ見をしなくなります。

マスク姿で入店したことで、(仮説に従えば)なまじ男前オーラを発信してしまったがゆえに……。

だから私はコーヒーを飲むときは必ず辺りの席を確認します。視線の有無をチェックします。そうして誰も見ていない瞬間を狙って、マスクをチョロッと外して、素早くコーヒーを口に含み、電光石火のスピードでマスクオンします。

58歳です。

 

マスクを外した瞬間は、パンツを脱いだくらいの気恥ずかしさです。

ヒヤッとした寒さを感じます。

 

そうした感覚は、私は若い頃に既に体験しておりました。

思い出しました。

あれは私がまだ二十歳そこそこの大学生だった頃、某女子短大の学園祭に行ったことがありました。この短大はそれほど大きな規模のキャンパスでもなく、他大学から訪れている男子の学生数もそれほどいませんでした。秋の日は釣瓶落とし。グランドには照明が灯り、ステージではカラオケ大会が始まりました。そして私は無理やり?ステージに上げられてしまったのです。

ステージ下には数百人の女子大生らが私を見つめておりました。

ここで一つ説明を追加しておきますと、私はその日はずっとサングラスを掛けていました。あの頃は松田優作に憧れ、浜田省吾にかぶれていたので、真っ黒のレイバンのサングラスを掛けておりました。そしてそのまま私はマイク片手に歌ったのです。

渡哲也の♪「くちなしの花」を。

すっかり日の沈んだステージ。舞台を見つめる女子大学生たちは、沢山のペンライトを頭上で揺らして盛り上げてくれたのです。

至福の時間でした。

幸せでした。

歌い終わって、私がステージを降りかけた時、客席から声がしました。

「サングラスを外してヨ!」と。

するとつられるように多くの黄色い声が響きます。「サングラスを外してヨ!」「外してヨ!」「外してヨ!」と、まるでシュプレヒコールです。

勢いに押されて私はステージの真ん中に戻り、サングラスを外したのです。すると一瞬の沈黙があって、そのあと一斉に

「なーんや」の声が。

……溜息交じりで。

エコーのように。

「なーんや」

「なーんや」

「なーんや」

 

はい。トラウマ一丁できあがり。

 

マスクは顔の上だけ。

サングラスは顔の下だけ。

どっちかだけだと私は男前。

両方つなぐとダメなのよ。

期待値高かった分だけ、真っ逆さまに急降下。

そういうことです。

そういうことを、マスクをつけるようになって改めて実感したという、それだけの話です。

いまだ自意識だけで生きている58歳です。

 

マスク無しでは生きていけなくなりました。