人生を穏やかに過ごすには、些細なことでいちいち感情的にならないのが最善の方法だ。どんなに小さなイライラでも、一旦自分に着火してしまうと、それはすぐに別のイライラへと飛び火し、延焼を続け、やがて怒りの頂点となって大爆発することだってあるからだ。




 先日、久しぶりに映画館へ“映画を観に行った”。

 宮崎駿監督のファイナル作『風立ちぬ』。


 このブログでお伝えしたいのは映画の内容に関してではない。私はナウシカ以来、ずっとリアルタイムでジブリ作品をリスペクトしている。

 

 イライラの矛先は、何を隠そう、ずばり、観客のマナーに対してだ。




 鑑賞日は土曜日、突然時間が空いたので一人で出向いた。が、この日はたまたま映画の日(チケット料金半額の日)。かなりの混雑が予想された。そこで私は午前中に鑑賞券をゲットして予め席の確保をした。

客席ド真ん中、しかも前方が通路の位置を指定した。この席だと、前列の席まで数メートルの余裕があるから一定の範囲で脚を伸ばすことができる。窮屈感はない。前列の観客の座高や頭の揺れも気にならない。たまにトイレ移動で上映中に前を横切る人はいるだろうが、それは生理現象だ。想定内のことで十分許容できるし、そもそも私自身が急にトイレに立つこともあるだろう。前が通路であれば席を立ちやすいし、人に迷惑を掛けるのも最小限で済む。よし、ここは最善の席だ……と言うことで、自分のチョイスには大満足をしていた。


 上映の20分前から着席をし、心を高めていた。予告編の上映中に、私の両隣に家族連れと思われるグループが、それぞれ左右に着席した。そのザワツキも予告編が進むにつれて、これから始まる宮崎ワールドに、全員が固唾を飲むような空気になっていった。

 そしていよいよ本編が始まった。私は時間を忘れてスクリーンに見入った。庵野氏のアテレコには若干の違和感を覚えたが、関東大震災のシーンに圧倒され宮崎氏ならではの描写にグイグイと引き込まれていった。そうして私の心をワシ掴みにしたまま震災シーンが終わった。

 と、その時だった。


 私の両隣の席から「ポリポリ、カリカリ」と音がした。

 何だろう?……私は自分の目を疑った。あろうことか、両隣の観客が同時に、手にしたポップコーンをかじり始めたのだ。「ポリポリ、カリカリ」「ポリポリ、カリカリ」。

なんだ、このステレオ感は! しかも巨大カップから口へと運ぶ手の動きが、私の視野の両サイドで激しく何度も上下するのだ。鉄アレイで腕を屈伸するかのごとく。頻繁に。

 折角、震災シーンのあとの主人公の心の動きに見入ろうとしているのに、ポップコーンだと! 私は両の手をジャンケンパーの形にして自身の耳元へ添えた。視野から二人の手の動きを消したかったからだ。そして人差し指で耳をふさいだ。これだと映画の音声も聞き取りにくくなるのだが、超至近距離から繰り出される「ポリポリ、カリカリ」のレベルを下げるには、この「手」しか思いつかなかった。

 だが恐るべし、ポップコーンの破壊力。耳をふさぎ視野を狭めても襲ってくるのだ。強烈な匂いが。あの甘ったるい香りが。キャラメル臭が。両側からモワ~ンと。

しかたなく私は口だけで息をすることにした。

 まるで苦行だ。苦行僧だ。

 

私は考えてしまった。両隣の彼らは、いや、今この時に映画館にいる観客は何故ポップコーンをここぞとばかりに食べる必要があるのかを。好きで好きで片時も離せない絶好食なら、十歩譲ってまだ分かる。しかしポップコーンなんて、そうそう食べるものじゃないだろう。イヤむしろ、日本人の食文化としての頻度はかなり低い。では何故? 

 答えは簡単だ。映画館内で大々的に販売しているからだ。だとしたら何故映画館でポップコーンを売るのだ? アメリカ文化の受け売りか? 映画上映だけでは儲けが少ないから飲食物販売で利益を出そうという腹か? それにしても何故? 何故ポップコーンなの?

そりゃ例えばジャパニーズ煎餅をかじることに比べればデシベル数は低いだろう。これぐらいの音量を気にしてしまう私が神経質過ぎるわけ?


 よーし、会館側がそこまでして小銭を稼ぎたいのなら、それもいいだろう。その仮説で百歩譲ってやるから、いいか、よく聞け。せめて客席を別にしろ。分煙席と同じ理屈だ。あるいは飲食オッケーの上映回と、飲食厳禁の上映回を別にしろ。どうだ。分かりやすいだろ。へへ~んだ。

 『何だ、その言いぐさは。嫌なら映画館に来るんじゃねぇよ! しかも映画の日という超混雑日に来たくせに!』、とでも言うつもりか?

やかましいわい!

 あたしゃネぇ、部屋に一人きりでのDVD鑑賞より、巨大スクリーンを前にして沢山のお客様と一緒に泣いたり笑ったりしたいのだよ。映画館の雰囲気、ごっつ好きなんだよ。

 だがだが、そこには一定のルールがあってね、例えばコメディタッチの作品やドンパチ物なら「ポリカリ」も甘んじて受け入れますよ。演劇にだって幕の内弁当を食べる習慣はありますもんね。従って更に千歩譲って、鑑賞中に一切食っちゃいかんとまでは言いますまい。ただ、ただね、食べても許されるような作品だとか、食べるタイミングだとか、考えましょうよね。まるで満員電車やバスの中で平気で携帯電話に向かってクッ喋ってる無神経さと、あなた、変わらんじゃありませんか。

 そもそも上映直前に「携帯電話の電源は切った?」だの「お喋りはダメよ」だの「前の席は蹴っちゃダメよ」だのマナーに関する禁止事項が、アニメキャラを駆使して必ずスクリーンに流されるじゃないですか。

それなら「ポップコーンのポリカリもダメよ」が筋じゃないですか。



 

 そんなことを考えているから、彼らが食べ終わるまでの時間、ホラ、大事な映画の数シーンを上の空で眺めてしまったじゃないか! セリフや映像が意識から吹っ飛んでしまったじゃないか! チックショー!