かなり滅入っている……。
私たちの劇団で最高齢のYさんが、先週の土曜日夜に突然逝かれた。
この方は先週の稽古にも元気に参加されていた。
誰にも真似のできない超ニコニコ笑顔で、周りを明るく照らしてくれていた。
本当に誰もが愛するお爺さんだった。
虚血性心不全。
76歳。
公団の一室。
誰にも看取られることのない、
孤独死。
二か月前、私たちの舞台に立たれていたのに。
立って、観客に笑いの渦を巻き起こしてくれていたのに。
私がこの方の凄さを知るのは、出会いの日からずっと後のこと。
その昔、手話サークルがまだ日本に只の一つもなかった頃、若き日のこの方たちの尽力で小さなグループが歩みを始めた。今では会員数でも行動力でも全国に名を轟かす大組織だ。
その初期メンバーの一人ということを、かなり時が経ってから私は知る。
それよりも更に以前、
Yさんは高校卒業後、地元愛媛から出てきて西陣で働き始めると間もなくキリスト教の洗礼を受ける。仏教徒である血縁者は怒った。
求婚相手が耳の聞こえない女性だったことで、またも血縁者は怒った。
実家とは絶縁。
京都で始まった新婚生活。
夫婦共働き。
子どもはできなかった。
月日は過ぎ、織屋の仕事をやめて心機一転。うどん屋を開店。
たちまち、地域のろうあ者や手話サークル員たちのたまり場として繁盛する。
が、
ある日突然、奥さんが高血圧が原因で他界。
それでも養女となった姪っこさんと二人で店をきりもりしていたが、
今度は店を火事で焼失。
なのに、
段々と笑顔が似合う人になっていったという。
養女の方は結婚し幸せな家庭を築いておられる。孫もおじいちゃんが大好き。
ところがYさんは住む家を娘のそばではなく、教会のそばとした。
そうしてガードマンや福祉施設の掃除の仕事を続けられた。
70歳を超えた頃に、教会の掃除中に脚立から落下し、足首を複雑骨折。
長期入院。
車椅子から松葉づえを経て、自力で歩けるまでに回復。
この頃から私はYさんを知っている。
劇団に入られたのは60代後半だったから。
笑顔の人だった。愚痴を言わない人だった。
舞台上でこの人の笑顔が弾けると、観客はそれだけで幸せになった、と私は確信する。
凡百の役者では太刀打ちのできない笑顔だ。
昨年のいつだったか、Yさんは電話で、『絶縁が続いていた兄と、やっと和解ができました』と、唐突に私に報告してくれた。
検死の結果、亡くなられたのは土曜の夜のことらしい。
翌日が教会の礼拝日。
来られないYさんを心配した牧師さんが、ご自宅まで訪問され、管理人の許可をとり室中へ入られたところ、布団の中で既に亡くなられていたという。
もしも、ある日の稽古に来られなくても、私はYさんの安否までは気にしなかったろう。
家まで行かれた牧師さんに、ありがたい、と思う。
しかし、もうどうしようもなく滅入っているのは事実だ。
戯曲、書く気がおこらない。
まったく。