一カ月ほど前の地元紙朝刊に「京都市電関係資料」が京都市有形文化財に指定され、それを記念した展示会が12月5日まで市内歴史資料館で開催中との記事が掲載されていました。「こんにちは 京都市電」と銘打った催しです。

 

 明治23年に完成した琵琶湖疎水の水力発電を用いて、明治28年に開業した日本で初めての営業用電車。

 原子力でも火力でもなく水力発電。蒸気ではなく当然ガソリンでもなく電気が動力。今こそ求められる究極のエコカーが、平成でもなく令和でもない明治から昭和までのおよそ100年間、京の町の碁盤の目をそれこそ縦横無尽に走行しておったのです。

 

 私が京都市電を懐かしむのには、実は一つ大きな理由があります。

 中学に入学したての頃、私はある一冊の本と出会います。〝ナショナルテープレコーダーご購入特典〟。その名も『音の冒険ブック』。特典ですので当然非売品ということになります。この本を父親の知人(実家が電気屋さん)から頂いたのでした。当時流行し始めていた野外録音の指南書で、相当数の挿絵も載っていて、これを松下電機にまだ在職中だった無名の弘兼憲史氏が担当されており、今となってはかなりのレア本です。野鳥や秋の虫の鳴き声、祭りや花火大会や蒸気機関車の走行音などの録音ノウハウがわかりやすく書いてあって、13歳の私はこの本をむさぼり読んだものでした。ボロボロとなりましたが今でも手元に残しています。
 そうしてお年玉を溜めて翌年にやっとラジカセ(Sonyスタジオ1980Ⅱ)
を購入し、この日から私の何でもかんでもの録音人生が開始したのです。

 その一番の恰好のターゲットが、あの頃から徐々に廃止となっていった京都の路面電車の走行音や車内音だったのです。

 

 朝刊で展示会の記事を読んだ私に真っ先に浮かんだのが、自分で録音した音源のことでした。思い立って探してみるとカセットテープ10巻があって、インデックスには手書きの文字で「京都市電」と書いてありナンバリングまでしてある。果たしてこれを今でも聞くことが可能か不安ではありましたが、これまた私が高校の時にバイトして買ったカセットデッキ(SonyTC-D5M)で再生してみますと、なんとしっかりと聞くことができたのです。

 中学2年の私が息を殺して録音した音源群。白川通り、河原町通り、丸太町通り、今出川通り……車内での『次は四条河原町』といったアナウンスだけでなく、例えば錦林車庫前から乗車してきた児童が誰かに話しかけている『(乗車賃は)子どもは35円やで』の声もあって。

 その三年後、私が高校二年生の時に京都市電は全廃となるのですが、この時も朝の5時過ぎ発の烏丸車庫発の一番電車の外周線(北大路→西大路→九条通り→東山通り)を録音したり……圧巻なのは、その最終日(昭和53年9月30日)の本当にこれが最後となる最終電車。私は何としてでも乗り込みたくて、高校をサボって朝から順番待ちに。あまりに早く並びに行ったので駅員さんも「もう来たんかいな。一番乗りやで。ほんでも今何時やと思てんにゃ……ほな取り合えずそこにでも座っとき」と呆れながら停車場の一角を確保して下さったことを思い出しました。そうして待つこと約15時間。夜11時45分発、京都駅発烏丸車庫行の最終花電車に私は乗り込んだのです。それはもう押し合い圧し合いでした。その時の乗車音も聞き取れます。録音状態としてはマイクに風防を付けていたものの見事にゴボゴボとノイズが入りまくっているのですが、しかし京都駅に姿を見せた花電車を群衆が拍手と歓声で迎える音。運転手さんへの花束贈呈の様子。動き始めると沿道を並走する車のクラクションの喧騒。人々の拍手。八坂神社では「ワ~」という歓声があがったり。そうして終点の烏丸車庫では車掌さんの「長い間ありがとうございました!」の絶叫のあとの車内での「バンザイ!」の連呼。本当にお祭り騒ぎでした。ヘッドホンで43年前に自分の録った音を確認しながら心が高揚していくのがわかります。

 何とも不思議な気持ちになりました。

 結局カセットテープ10巻を全て聞き返し、それを同時にWAVファイルにデータ保存しました。

 

 そうしてその音源のことを「こんにちは京都市電」を主催されている京都市文化財保護課の方に電話でお伝えしたのです。写真の提供などは市民から結構持ち込みがあるものの音は全く無いとのことでした。私が個人で所有していても特に活用することもなさそうだし、先日全てのデータをお渡しし、ご自由にお使いくださいとお伝えしました。「今回の催しは間もなく終了しますが、今後何かに使用するときは必ず連絡します」とのことでした。

 閉会前に何とか件の展示会も観に行くことができました。会場には子どもさんも来館されていて、どのような思いで市電の資料を眺められているのか尋ねてみたい衝動にもかられました。

 

 それにしても……目を閉じて音だけを聞いていると、何となく朧げにですが、当時の街並みが(少なくとも今現在ではない街並みが)脳裏に浮かんでくるのが不思議で……映像ではなく音だけなのが逆に遠い記憶を喚起する感じで……と同時に録っていた中学や高校の時の自分の情熱が照れくさくもあり……あるいはまた録音に残っている声の主の乗客の多くはもう既に鬼籍に入られているのだろうななどと考え始めると、ふと亡くなった自分の祖父母のことを想い出したりと、やたらとノスタルジックになっていく自分もいたりして……そうするとそこから反転して、この録音癖が大学へ入学してすぐの演劇の音響担当につながり、そうしてやがて音を対極に見つめる劇団の旗揚げや劇作にたどり着くことに思い当たり、つくづく一本の道を歩いているなぁと……京都市内を走り回る市電のアナログ音を聞きながら自分の半生を俯瞰した一カ月でもありました。