その日はちょうど冬至であったから、日没は1年で一番早い。
夜の7時過ぎ。
滋賀県大津にある(私にとっては世を忍ぶ仮の職場の)事務所からの帰り道。京都市内の支社へ戻るため、湖西道路を経由して名神高速道路を2トンパッカー車で走行していた。
すると車体が微妙な揺れを始めた。
職種は造園である。京都や滋賀県だけではなく、大阪や神戸にも出向いては剪定やら伐採やらをしている。造園会社としては、そこそこ大きな会社で、パッカー車(いわゆるゴミ収集車)も4台を保有しており、そのうちの1台を私は一人運転していたわけだが。
ドライバーの方なら、その微妙な揺れを以下の感覚に似ていると例えれば伝わると思う。特定の分離帯など、黄色などで舗装されたラインの上を走るとカタカタカタと揺れることがある。線上に小さなデコボコがあって、これ以上車線をはみ出すと危険ですよと知らせるための特殊な塗装。振動は、あの感覚に似ていた。
しかし私は走行車線の真ん中を走っている。ラインにタイヤが乗っているわけがない。ヘッドライトに照らされた路面に、そのような塗装も映らない。
だとすると……これは……。
異常だ。
私が運転している車に何らかの“異常”が起きているということだ。
時速80㎞。
すぐにその「カタカタカタ」の揺れが「ガタガタガタ」に変わった。
ヤバイ! これはヤバイ!
瞬時に急ブレーキを踏めない。後続車もトップギアで追いかけてくる。
左ウインカーを点滅させ、ハザードを焚いて。「止まりますよ。この車は止まりますよ」のメッセージを送る。この時、突然私のハンドルが右にきられた。タイヤだ。これはタイヤがパンクしたのか? とにかくそれでも左の路肩へとハンドルを力技で転回させることで、なんとか車を停車させることができた。この時、私はもしかしたら命に関わったかもしれないウッカリミスをしてしまう。運転席側のドアを開けて下車したのだった。バックミラーで後ろを確認したにしても、車線側のドアを開けるのは危険だ。見た目以上に車の接近してくるスピードは速い。追い越し車線から急にまたいでくる車もある。落ち着いて考えれば、こういう時は助手席側のドアから下車すべきだったろう。
そうしてすぐにタイヤを確認した。右側前輪の、つまり運転席の真下のタイヤが完璧にやられていた。
バーストしていた。
ぺしゃんこだ。
しかしパッカー車の前にいては危険だ。停車した路肩の幅は2トン車の車幅より少しだけ広かったが、右前がバーストしてタイヤはちぎれ放題になっている。ホイールが地面に接地しているから要するに車体は右側に傾いているわけだ。走行車線側に傾いている。
そこを、物凄いスピードで何台もの車がギリギリすり抜けていく。10トン級の箱車やトレーラーが、停車した2トンパッカー車のスレスレを爆走していく。車によっては前方の故障車を察知したためか、闇夜にビームライトを光らせて突っ込んでくる。この目つぶし感が恐怖に拍車をかけた。
気づいてくれればいいが、例えばスマホとかをいじりながら、前方を余り気にしない車もあるかもしれない。たまに、不自然なくらい路肩側に寄せて走ってくる車もある。もしも、そんな車が、私の停車する車に激突したら……。
私はかねがね妄想癖があって、それが戯曲創作のバネにもなっているのだが、この時ばかりは最悪の地獄絵図が阿鼻叫喚が何度も何度も脳裏に浮かんだ。おぼろげにではなくリアルな状況として想像された。
ヤバイ。ヤバイ。ヤバイよ、これは。
本当にヤバイ。
携帯ですぐに会社に電話をした。
幸いなことに会社には何人かがいて、すぐに駆け付けてくれるようだ。
私が停車している場所は、ちょうど名神京都東インターと南インターの間の直線コースで、これは後日に明るみで確認したのだが【日本で最初の高速道路 名神起工の地】と看板が立っている地点のすぐそばだった。
会社は南インターから車で10分くらいのところにある。そこから飛ばしてきてくれれば東インターでUターンしても30分くらいで到着してくれるだろう。
「ジャッキをもって行かせます」という同僚の声が頼もしかった。更にその同僚は、私にとって救いの言葉を付け加えてくれた。「近くに固定電話はありませんか」……って、そんなものがあるわけが……ある。目の前にあるではないか。【SOS非常電話】と書かれたBOXが5メートル先に。「そこに電話をすればネクスコ西日本につながるはずです。道路上でなんらかの対応をしてくれるかもしれません」。
これもあとで知ったことだが、この非常電話は高速道路のガードレール内に1キロごとに設置されているようで、それがたまたま私の停車した位置のすぐそばにあったわけだ。不幸中の幸いだ。
ただし私は人生で一度も高速道路に設置された電話を使用したことがない(ほとんどの人がそうだろうけれど)。どのような会話の流れになるのか、予測もつかない。尋問とかされるのだろうか。罰金とか取られるのだろうか。しかし迷っている暇はない。そんなことを妄想している場合ではない。
ボックスの開き戸を開けると受話器があった。それをとって耳に当てると、
「もしもし。どうされました?」と声がする。これはコンピューターの音声ではない。間違いなく肉声だ。神谷明みたいな声だ。
「えっとですね。私の運転する車の右前輪がバーストしたようで、今路肩に止めておるんです。東インターと南インターの中間あたりです。会社には電話をしてタイヤ交換の段取りはつけてはおりますが」
「走行車線側のタイヤがバーストしたわけですね」
「はい、それでタイヤ交換も大変だと思うんですが」
「規制車を向かわせますので安心してください。バーストであれば何かタイヤが散乱したりとか、路面に飛び散っていそうですか」
「いや、それが暗くてわからないんです」
「わかりました。今掛けておられる電話ボックスの上に数字が書いてありますよね」
「え? 数字」
「3桁か4桁の」
「ああ。あります。○○〇です」
「了解しました。それが高速道路上の番地のようなものです。位置はわかりました。すでにパトロールカーを発進させています。しばらくお待ちください。くれぐれもご自身に危険が及ばない場所で」
会社にも連絡をした。ネクスコにも電話を入れた。あとは到着を待つだけだ。
それにしても通り過ぎる車の何と多いことか。
鉄の塊が私の目の前を猛烈な勢いで駆け抜けていく。このうちの一台でもが私の車に接触すると……。
私は生きた心地がしなかった。
普段、公道を走る車は見慣れていても、高速道路でのスピード感は尋常ではない。人の命など、一瞬で奪い取る破壊力。理不尽な暴力にすら思える。
私は路肩の外のガードレールに佇んで、頼むから当たらないでくれ、と願うしかなかった。
会社のメンバー4人が到着してくれたすぐ後に黄色のパトロールカーも駆けつけてくれた。「みなさんは危ないから、走行車線の規制をかけるまではガードレール内に下がっていてください」。そう言ってネクスコの二人は時速100㎞~120㎞で迫ってくる車を追い越し車線側に寄せながらバイロン(カラーコーン)を手前100メートルから置いていってくれた。これによって2車線ある名神高速道路の一地点が、追い越し車線のみの一車線通行となったわけだ。
タイヤ交換に関しては、結局1時間以上を費やした。ジャッキで車体は持ち上がったのだが、タイヤのボルトを外そうにも、堅くて回転しない。テコの力で回そうとするのだが、回すための金属棒が短くて、力が掛からない。この金属棒がもっと長ければ更に力を加えることができるはずだ。鉄パイプの単管が会社にあるということで、一旦規制を解いて会社に取りに帰ってもらい、再び40分後にタイヤ交換を再開し、今度は体重を掛けることでボルトが回った。
全ての作業が終わり、気が付いてみると夜の10時前だった。
会社から駆けつけてくれた同僚4人には大変感謝しています。
ネクスコのパトロール隊員さんのありがたみも骨身に沁みてわかりました。
それから、おそらくは最初に規制を掛けた30分、二回目に規制を掛けた1時間以上。この間、名神高速道路は渋滞を起こしています。その原因は全て私の運転した車にありました。故障とは言え年末の忙しい時に、皆さんの足を止めて大変申し訳ありませんでした。
車の整備は大切です。
スノータイヤへの交換などお済ですか。
温暖地でも、タイヤのすり減りなどこまめにチェックをして、不測の事態が起こらないように気を付けましょう。
それにしても、
生きていてよかった。ハンドルとられた瞬間、本当に一瞬、覚悟しましたもん。ダメかと。
そんなこんなで無事迎えた年の瀬、大晦日。
来年2018年、みなさま何卒良い年にしてください。