精神的にも落ち着きを取り戻しつつ、

父親の葬儀の際に、生花や弔電を頂戴致しました

美容ディーラー様、美容室様、1軒1軒直接お伺いし

ご挨拶をさせていただきました。



あらためまして、心よりありがとうございました。




いつまでも事を起こさず、下を向いていることを

きっと父親は望んでいないでしょう。




夕まずめの頃、teppe-chanから、“今日は行く?”

とメールが来た。


久しぶりに見る潮位グラフ。

大潮満潮が19時半。


間に合うかな・・・


挨拶周りも一通り済ませ、事務所に戻り、

来ている郵便物とFAXに目を通し、気晴らしがてら

久しぶりの出撃。


向かった先は、猫P。


先行しているteppe-chanに手を振りスタート。


今年初のバチの釣り。

状況は全く分っちゃいない。


ファーストルアーに迷った時って、あまり結果がでない。


引き波から行くか、シンペン系から行くか・・・・


目の前でゴイせーのジュボに惑わされる事無く

Bomb-bay70から開始。


久しぶりの釣り。

基本に立ち返り、流れを読むように、ブレイクを沿うように。。。


ワンダー70にチェンジ。

その1投目。

ティップがゴンッて入るバイトに体が反応しない・・・


何かが違う感じ。

何かがずれている感じ。


細いのを止め、Monc-bayに変更。


ジャーク後の漂い系で、触るようなバイト。


魚はいる。


きっとごっそりと。


その魚を出せないもどかしさ。

感覚が戻らないもどかしさ。


バチも終盤戦の頃でもある。

しばしバチの釣りに通いながら

今年の春は、スルーさせ、海側の釣りにシフトせねば。。。


復帰戦ほげったのも、必然でしょう。





この場より、ご報告させていただきます。


親近葬という形で、親父が十分に納得いく形で、

親族一同が十分に納得いく形で、無事に通夜・告別式を

終える事ができました。


数多くの生花、心温まる弔電の数々を

本当にありがとうございました。


皆様方のお陰で、またひとつ親孝行ができました。


幸せな顔をした親父は、

兄貴のように慕っていた恩師に見守られ

親族一同に見守られ

数多くの綺麗な花に囲まれ

孫からの手紙に囲まれ


人としての役割を終えました。


立派な親父です。

素晴らしい人です。


親父の最期、自分ひとりが看取りました。

めちゃくちゃ泣きました。


でも、私は幸せだと思います。

親父も幸せだったと信じています。


死に方は、生き方だと聞きました。


今思うのです。


親父、よかったね。って。


今思うのです。


親父みたいになりたい。って。






私が設立したREPSS(レップ)株式会社の創業日は

11月30日です。私の父親の誕生日でもあります。


親父が永眠すると共に、私自身のお陰様が

ひとり増えたわけです。


数多くのお陰様によって、縁が成り立っている事と教わり、

これから先の人生において、更に素晴らしい縁が

待っている事と期待し、今まで教わった事を自らの

教訓として、倍旧の努力で行動していく所存でおります。


しばしの期間、ご迷惑をおかけしましたが

今後共、心より宜しくお願い申し上げます。






28日の深夜から、親父の横でひとり看病についていた。


息苦しくって、すこしゼイゼイしながら呼吸を続け、

時折目を開けて、こっちを見たりあっちを見たり。


何度も何度も寝返りを繰り返しては、手を差し伸べて

その手伝いをした。だって、親父ひとりじゃ寝返りうてないから。


肝臓が腫れ、肋骨を圧迫し、横隔膜を圧迫し呼吸しづらい。

だからずっとずっと、背中とわき腹と腰と・・・・

ずっとずっと、さすってた。

手と足と、低温だったから、ずっとずっとさすって温めた。


親父と2人だけの時間。

2人っきりの時間は、すごい暖かくって、すごいゆっくり時間が

流れて、声にならないけど、いっぱいいっぱい会話ができた。


ねー、とーちゃん。

俺がずっとさすってんのに、なんで涙だしてんだよ。

寝返りするのに、抱きかかえてあげてるのに、

なんで涙流してんだよ。

俺とーちゃんの前じゃ、絶対涙見せないって決めたのに

とーちゃんの涙見たら、つられて涙がでてきちゃうじゃん。


とーちゃん、一服してきていい?って聞いたら、

<うんうん>って頷く。

やっぱり耳はちゃんと聞こえてんだ。頭もしっかりしてる。


29日午前3時。

看護師さんが、心拍数の低下が少しだけあると話をしてきた。

親父の横で見守りながら、ずっとずっと腰も手もさすった。


29日午前5時55分。

看護師さんが、来た。

心拍数が低下してきているから、家族に電話をと。

兄だけに電話をした。母や姉にはまだ心配かけたくなかった。


29日午前8時。

姉が来た。9時からのお客さんだけはどうしても行かないと

だから、その前に顔を出しに来た。

おっかーは、もうすぐ来るよって言いながら、8時25分に行った。


29日午前8時35分。

看護師さんが、来た。急激に低下してると。

俺はまばたきひとつしないで、ずっと親父を見てた。

呼吸の間隔が、一回一回の間隔が長くなってる。



言葉にならない。

胸が締め付けられる感覚。





先生が、心臓は動いていませんと。







それでも、時折呼吸をしている。







最期なのかな、最期に大きく深呼吸をするように


苦しむ事もなく、声をあげることもなく、


本当に眠るように。


安らかに、病気の事なんか、何もなかったように、


永眠しました。


普段通りの顔で、今にも目を開けそうな顔で。


親父の、優しい顔で。







親父の横で、俺ひとり。


溢れでる涙が止まらなかった。


みんなに電話しないといけない。


声がでない。でるわけないよ。





かーちゃん、とーちゃんが・・・・。


おにー、とーちゃんが・・・・


みんなに電話した。


とーちゃんの横で、いっぱい泣きながら、声がでなくて

でもみんなに電話した。


かーちゃんが来るまで、親父の手を温めなきゃ。

顔も頭も手も足も温めなきゃ。

温もりある親父を皆に会わせなきゃ。


一生懸命さすった。


まだ冷たくなっちゃダメだよ。





あと、もうちょっとだけ、待ってくれ。






俺が一生懸命暖めるから。







おっかーが来るまで、いっぱいいっぱいさすった。

親父の前では泣かないって決めたのに、ずっとずっと

涙が出てくる。


程なくして、おふくろが来た。


とりみだして、親父に抱きつくおふくろ。

親父の鼻に付けてある、酸素ホースを見て

これついてるから、まだ大丈夫なんでしょ?

心臓のあたりをさすって、たたいて、一生懸命呼んだ。




とーちゃん、とーちゃん。って。





ほら、手も暖かいよ。


とーちゃん。ほら、起きて。





耐えられない俺。


限界だった。


声を出して、泣いちゃった。






姉と兄もその後すぐに駆けつけた。


もう病室に一緒にいられない。


廊下で、泣き声を聞くのが精一杯。






泣きながら、外に出た。


身内や親戚に急いで連絡しないと。







外でタバコに火をつけた。


声にならない声で、言葉にならなくって。


一生懸命電話した。














仕事を昼過ぎに終え、病院へ向かった。


兄と共に先生に呼ばれた。


危篤状態です。と。


今夜、泊まりに行こう。

ブログを書きはじめて良かった。


役員の石井とそんな話をした。


ブログを書きながら、思い起こしながら、書き綴る日々。

時には、思いふけって涙を流したり、何もせず黙っていたり。


ナルシストではない。


ブログを書く事で、自分の内面を吐き出せる気がする。

今は、気がする、が自分にとって大切な気がする。


今日も、昼ごろから親戚が大勢来てくれた。


親父は、10人兄弟姉妹の次男。

おふくろは、5人姉妹の4女。

親の兄弟姉妹だけで、15名。

その旦那さん奥さん、子供、孫を入れたらいったい何人に

なるんだろう。

ある意味一族のようなもの。

シングルマザーで子供2人を連れて、朝の電車で

わざわざ岩手から来てくれた従兄弟。

夜の電車に間に合ったかな?


皆、親父に会いに、話をしに来てくれる。


自分が言うのもおかしいかな?


心から感謝の念でいっぱいです。


ありがとう。


自分達、子供が知りもしない、昔の思い出話を

たくさん聞けた。


親父しか知らない、秘密の山道。

親父しか知らない、山菜が採れるとこ。

親父が得意な、マムシ捕り。

親父が得意な、牛の誘導。


きっと60年前の事。


親父がガキの頃、岩手から何の頼りもなく出てきた東京で

弟や妹達を呼んで、生きる道しるべをしたんだと。


いつも自分の事は二の次三の次。

そうして今の兄弟や姉妹が成り立っていると、

口を揃えて話してくれた。


後ろ指を差されるような事はするな。

肩を叩かれて、ほこりがでるような事はするな。


それが親父の教え。


だらしない事は許さない。

ピシッとする事が好き。


そんな親父。


明日もまた、ピシッとしたスーツで看病しよう。

弊社創業以来初の広告宣伝を行い、セミナー形式の

勉強会(無料)を開催してみた。


開催時間は、①13:30~14:30 ②15:30~16:30の

2部構成。


しかし、本日は大雨・・・

前日に市川と準備を済ませ、ロープレをし、準備はOK!


これだけ春めいた日が続く中、今日だけ雨ってね。。。

良くも悪くも経験ですね。


第1部


13:20 待ちわびる自分と市川

13:30 未だ来客もなく・・・

13:40 もしかして、遅れて来る方?・・・


は、結局誰も訪れず・・・・・・。

やはり、土曜日の大雨。誰もわざわざ足を運ぶのもね・・・


ランチ後、気合を入れなおす。


第2部


15:20 ・・・シ~ン

15:30 ・・・シ~ン

15:33 <あの~~>!!!

     いらっしゃいませ!?!どうぞ中へ!!!


よっしゃ!!!!!!!!!!!


足元の悪い中、本当にありがとうございます!!!


勉強会は無事成立し、マンツーマンでの勉強会。

和気あいあいで1時間を、濃く充実した内容で

お話させていただきました!


するとお客様が・・・


<友達何人か読んで、個別にやっていただけませんか?>と!


<喜んでお話させていただきますよ!>


本当に嬉しいお言葉を頂戴しました。

感謝感謝感謝!!


今回の勉強会の改善ポイントや、広告のやり方の変更、

さまざま感じた事を含め、次回に繋がる一つの形に

なると、確信できました。


セミナーも終り、一路親父の病院へ。


今日は朝10時から、長男の兄貴がずっと居てくれた。

来客?は、親戚を含め20名近く来たそうだ。


兄貴もおふくろも疲れている様子。

兄貴の子供としばしじゃれつつ、敷地内のローソンで

きっちりたかられ、帰宅。


今日の親父は、昨日よりハッキリした表情と目つき。

沢山の人がお見舞いに来てくださったお陰です。


ありがとうございました。


言葉も喋れず、起き上がる事もできない。

けど、親父の顔は幸せそうだった。


そんな中、言葉を発せないでいる親父が

何度も何度も何かを言おうとしていた。


<もう治った>


その言葉が聞こえた。





朝一で自分一人で向かった親父の元。


ものの10分もしない内に先生に呼ばれた。

今後の方針を、と・・・<病状等報告書>


内容は、書けない。書きたくない。


話を聞き、病室に戻る。


目を開けている親父。

その顔は、一昨日より昨日より、とろんとした目。


話しかけると頷くのは、耳は聞こえているんだと思う。




自然の摂理だとは分かっている。

自然な順序だとも分かっている。


救いは、痛みがあまり無いということ。

それは、昏睡状態の初期だということも。


いつも気を遣い、周りの人を気に掛け、自分より周りの人が

何よりも優先する性格。


だからあえて言ってみた。


<仕事行ってくるわ>


すると、手先だけ動かすように、


<行け>、と。


よかった。


いつも通りの親父で。


でも俺は意地悪なのか、親父の横に居つづけた。

離れたくなかった。


少しでも一緒にいたいんだよ。


親父が寝ているベットに腰掛け、一生懸命話しかけた。


<今日は埼玉から、親父の弟が来るよ>

<埼玉の妹は、みんなに言いふらかしてるみたい>

<岩手からは、明日と月曜日に来るってさ>

・・・・・・・・


すると、ニヤッと笑った。


その笑顔を見て、涙が溢れそうな俺。


絶対泣けない。


親父が笑ってるのに。


・・・




看護師さんが来て俺に耳打ちをしてきた。

管を通すか、おむつを・・・・と。

迷わず答えた。


管はいりません。


では、、、、、、わかってます。買ってきます。


いろんな管を付けたり、コードだらけにされんのなんて

親父が喜ぶわけない。


病院と隣接しているローソンで、初めておむつを買った。

病室に戻ると親父は目を閉じて寝ていた。

親父に見えないとこに、おむつを置いて。

寝ている親父に、じゃ行ってくるわって言って。


夜何時になろうと関係ない。

今夜も親父の顔を見に行こう。













今日、仕事の約束をしていたお客様、業者の方々。

手前勝手な事で、大変申し訳けありませんでした。





先週の土曜日から、水以外口にしなくなった親父。


歩く事も、食べる事も、話す事も、トイレも、できなくなった。


昨夜、救急車を呼ぼうとしたが、手を振り<やめろ>と訴えた親父。

その顔の表情は、世間体を気にしている様子だった。


2月の終わりに、余命3か月の宣告を受けてから2か月。


実家で親父を抱きかかえ、服を着替えさせ、髭を剃り

病院へ向かった。


腹水が溜まってきている事は、前回の通院時に聞いていた。

圧迫され、腹周りが痛む原因だと思っていた。


が、しかし、思い違いに気づかされた。


家族だけが呼ばれた。


肝臓ガンが肥大し、肋骨に食い込んでいますとの事。

点滴で栄養剤をうつ事くらいしかできません。

必ず1人は付き添っていてください。と。






続けて、


あと、1週間か10日くらいですかね・・・・・・と。






2月には、後3か月って言ったろ?

まだ、2か月しか経ってねーぞ。

あと1か月・・・・・って、心の叫びを声にしたかった。




横に座っている無言の母親。






親父を連れ、今日から個室。


気丈に振る舞う母親が、ベットに横たわる親父の手をずっと撫でてる。


親の前では、絶対に涙を見せたくない。

涙をこらえるのが精一杯な俺。


かすれかすれな声で、親父が俺に伝えようとしてる。

<もう大丈夫だから仕事行け>

<おっかーを家に送って行け>って。。。


俺は笑顔を浮かべながら伝えた。


仕事は大丈夫だよ。

みんないい奴でさ、任せろって。


点滴で体中に栄養が廻ったら帰ろう。。。

体中に栄養が行き届いたら、声もハッキリするだろうし

元気になるよ。って。


親父はかすれた声で何か言っている。


何度も何度も聞き返した俺。


<いつ退院だ?>


・・・・・・・・


点滴して、話せるようになって、元気になったらだけど

いっぱい点滴しないと、だいぶ痩せちゃったから、

すぐにはダメなんじゃん。。。。


1週間位したら元気になるよ・・・・






いっぱい点滴してもらってさ、早く元気になって、一緒に帰ろう。。。


だってまだ、田舎にも行けてないじゃん。


約束したじゃん。一緒に田舎に行こうって。


春の岩手はまだ寒いから、秋に行こうって。


秋に行くんだよな?


行くんだよね?


絶対だよ。






痩せ細った親父の体。


トイレに行くのも大変だね。


恥ずかしがることないよ。


今日みたいに、何度だって俺が抱きかかえて起こしてあげる。


パジャマを下ろしてさ。


ちゃんと拭いてあげるし、ズボンもあげて、またベットまで

抱えてちゃんと寝かせるよ。


だって、俺が生まれた時、俺が赤ちゃんの時、俺がちっちゃすぎて

自分じゃ何もできない時、同じようにしてくれただろ。


だから恥ずかしがる事も、遠慮する事も、おかしいよ。









病院の外で、何人かの親戚に電話した。


5月2日、みんなが集まるはずだったから。


話している途中から、涙が止まんない。


なんでこんなでるんだよ。


話できない。





俺は幸せだね親父。


親父の看病ができて。














ここ最近、弊社の市川(TSN=下仁田)が乗っている感じ。


毎日のようにお客様からお電話を頂戴し、紹介をいただけているようだ。


つい昨年までは、心が折れそうになったり、つまずいたり・・・

悩んだり、無言になったり。。。


何が彼を変えたのか?!


言葉では言い表せない感覚。

弊社のセカンドネームでもある、第7感<seven-sense>

彼はきっと本来の仕事の楽しさを知ったのだと思う。


楽しさを知って、本人が動き始め、顧客の事だけを考えはじめ、

上手な方法よりも、地道な方法を選択した結果だと思う。


その彼の雰囲気によって、お客様がお客様を呼んでいるのか?!


今の彼の、内なる欲求は大したものである。


自信にみなぎっている。


内なる欲求の外面的な現れ。

それが私が伝えるべき、モチベーションの考え心構え。


彼は今、求める人間より、求められる人間になりつつある。











朝一、東久留米で個人顧客との打ち合わせから始まり


その後が・・・・


・タウンニュース社打ち合わせ

・スタッフ打ち合わせ

・税理士打ち合わせ

・メーカー打ち合わせ

・地域新聞社打ち合わせ

・デザイナー打ち合わせ

・美容室にて、戦略&資金繰り打ち合わせ


って、誰?このスケジュール組んだの?!


仕事らしい仕事って、朝一の個人顧客だけじゃん???