始まりがあれば終わりがある、不妊治療には様々な終わり方があります。

 

理想は無事に妊娠出産し、欲しいだけ出産してやり切って治療を終結するパターン。1人でよいという方から、4・5人目を治療する方まで様々です。

 

1人目は出産できたが、2人目治療でうまくいかず、様々な理由で治療断念という方もおられます。子育てをしながらの通院は、時間的な制約も大きく、また経済面では治療費の工面自体はできたとしても、(夫婦だけの時は節約しながら治療もありだが)できるかどうか分からない2人目のために目の前にいる子に十分な時間あるいは費用をかけてあげられない(そこまでしてまで2人目の治療を進めていくべきか)、でも一人っ子のままだと将来かわいそうだし等、1人目不妊とはまた違った様々な悩みが新たなジレンマとなります。

 

1人目もなかなかうまくいかない方。移植しても妊娠しない方、移植して妊娠判定は出るが流産や化学流産ばかりの方、受精卵にはなるがグレードが悪い、そもそも受精障害があってなかなか受精しない、採卵には至るが卵子が得られない、そもそも卵胞が育たず採卵の目途が立たない、色々な壁の方がおられます。

 

よく聞かれるのが「皆さんどうされてますか」ということですが、ちゃんと答えてあげたいのはやまやまですが、千差万別すぎて、「皆さんこうしてます」なんていうものはそもそも存在しません。

 

 

そして、治療終結のもう1つの形が、何らかの事情で治療は終結するが、まだ受精卵があるという場合です。その場合、治療終結を決めたはよいが受精卵をどうするか。事情は様々で、もう欲しいだけできたという場合、本当はもう1人欲しいが経済的あるいは年齢的に厳しい場合、色々ありますが、いずれにせよまだ受精卵はあるが治療は行わないことを決断されるご夫婦がおられます。

 

どこからが「生命」なのかについては様々な考え方があるでしょう。「卵子」は生き物でしょうか。生物学的には、ただの細胞であり、卵子が生命体であるとは通常は考えられていません。1回の射精で数千万~数億個射精される精子も生き物ではなくただの「動く細胞」です(つい「〇匹」と言ってしまいますが、本来は「〇個」と数えます)。では受精したら生命でしょうか。それとも妊娠判定が出たら生命?胎児の心臓が動いているのが見えたら生命?・・・答えはありませんが、凍結してある受精卵に、何らかの生命の息吹を感じる方は少なくありません。

 

目の前の子が体外受精で妊娠した場合は、なおのこと。もしかしたら同じように生まれてくるかもしれない受精卵、という思いが出てくるのは自然の感情であり、たとえ判定が陰性でも移植してあげたい、ということをおっしゃる方はよくおられます。

 

受精卵は液体窒素のタンクの中で凍結保存されています。イメージはウォーターサーバーのボトルが縦横高さ全部2倍ちょっとになったくらいの感じです。採卵件数が少ない施設だと数個くらいだったりしますが、大手だと10~20個ものタンクが必要であり(リプロ東京は20個くらいある)、時々買い増しが必要です。タンクにあまり高さを出せないため非常に場所を取り、20個もタンクがあればそれだけで部屋が埋め尽くされてしまいます。ただ置いておくだけに見えるかも知れませんが、新たな凍結や融解のたびに出し入れする入出庫の管理などもあり常に動きがあるので場所に余裕が必要で、そこには家賃や光熱費もかかっているし、タンクそのものも結構高い、液体窒素も週単位で継ぎ足しが必要等、タンクの管理は様々なコストがかかっています。何より物理的にも増え続ける凍結受精卵を無限にお預かりし続けることは困難であり、あまり具体的なことは敢えて書きませんが、凍結期限延長を希望されない胚の管理も培養士の重要なお仕事です。

 

受精卵の凍結期限延長を希望しない方には、当院では廃棄依頼書の記載をお願いしています。更新しなければ廃棄されるんでしょ、とお思いの方もおられます。いろいろな事情があると思いますが、多くは廃棄の依頼など積極的にはできないから、更新せずに消極的な廃棄のお申し出というお気持ちなのだろうと思います。しかし、私たちもできる限り慎重に作業をしたいため、可能な限りお申し出をいただきたいのです。廃棄依頼書は、直接出しに来られる方がおられないわけではありませんが、多くの場合は郵送されてきます。

 

凍結中の受精卵がたくさんあり、その中の不良胚は凍結更新しないことにした、というような場合は心理的なハードルはそこまで高くない可能性もありますが、すでに出産に至った等の理由で治療終結するにあたり良好胚を含む受精卵を廃棄する心理的なハードルは非常に高いものとお察しします。

 

廃棄依頼書の送付だけで手続きは十分なのですが、中には、凍結胚期限延長をしない決断をするにあたってのご夫婦のお気持ちについて、当院の治療で妊娠されたお子さんの成長について、等の内容のお手紙を添えていただいたり、お写真を添付してくださる方もおられます。もちろんそうしてくださいということでは全くありませんが、そうすることで心の整理というか、区切りにされている部分もおありなのだろうと思います。私たちはそのお気持ちを汲み、いただいたお手紙は大切に拝見し、中には私たちへの激励や、現在通院中の方の治療がうまくいきますようにといった内容を拝見するたびに背筋が伸びる思いです。

 

更新をどうするべきなのかについて迷われたら、ご予約いただいて医師とご相談なさることはもちろん可能ですし、お気持ち面の整理であれば、心理カウンセリング等をお受けになるのもお勧めです。納得の行く形でご夫婦なりの方向性を出していけるようにお手伝いさせていただきます。

 

ということで、今日は凍結胚の廃棄についてお話してみました。今夜はこの辺で。

 

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