現在、カンファレンスファイナル真っ最中ですが、現時点でファイナルの組み合わせは4通りになります。
個人的な意見、グッズ屋としての希望を含め、展望などを。
● グリズリーズ vs. ペイサーズのケース
まさしく、東西の「5人バスケ体制」対決。
クラブチームの方々の参考になる、バスケットボールとして、好ゲームになる可能性の多い組み合わせかも知れません。
ただ、過去の対戦など、因縁のない対戦カードで、グリズリーズはもちろん、ペイサーズも現チーム体制となってから初めてのファイナルとなります。
2006年のヒート vs. マブスのファイナルから、スーパースターを差し引いた顔合わせになりそうで、メディア的には少し微妙、グッズ屋としても少し微妙になりそうなのが残念なところです。
● スパーズ vs. ペイサーズのケース
第二の東西「5人バスケ体制」対決。
5人バスケ以外に、まんべんなく人材を揃えており、バックコートの方が層はやや厚め、と似た体制の2チーム。
戦術や経験が豊かなスパーズが、やや有利となりそうなカード。
ですが、上のケース同様に、メディア・グッズ屋的に少し微妙になりそうなのが残念なところです。
● グリズリーズ vs. ヒートのケース
昨年の王者にグリズリーズが挑む組み合わせ。
本物になったと評価していいレブロン選手を擁しながらも、短縮され、その時点で戦力が整っていた昨季の王者の価値は、メディアやファンの間ではいかほどなものか。
● スパーズ vs. ヒートのケース
今季のオーバーカンファレンスマッチで因縁のある2チームの組み合わせですが、もっともオーソドックスとも思えます。
数名の有力選手とチーム戦術・経験の豊富なスパーズがタレント集団を倒す、逆に有能な選手集団が老獪でまとまったスパーズを倒すのか。
ファンの心理とは不思議なもので、NBAを席巻するほどの人材・スターを求めながらも、その選手1人の存在だけで優勝してしまうような事態は、必ずしも素直に喜べないのが本音。
歴史的に見ても、1試合で100得点したとされる、あのチェンバレン選手でも優勝回数は2回、トライアングルオフェンスを受け入れなければ、ジョーダン選手やシャキール・オニール選手も優勝できませんでした。
バスケットボールがチーム競技のためだと思いますが、
偉大な選手 < 偉大なチームや優勝
という心理はついて回るようです(個人的にもこの考えです)。
シラキュース大学のマスコットがオレンジになる起源は、The Syracuse Orange Peel の1931年10月号に掲載された、冗談の嘘記事から始まります。
同紙は、『1928年に新しい女性のジムを建設する際、16世紀終わり頃の偉大な酋長、The Saltine Warrior ビル・オレンジの遺体が発掘において見つかった』と、大学の敷地からビル・オレンジ酋長の遺体発見とデマを報じてしまいます。
ですがこれがきっかけとなって、1951年には、遺体が発見されたとされる場所に彫像を設置することになり、学生達がその彫像を競って作るなど、シラキュース大学と、Saltine Warrior のつながりの始まりでした。
1950年代の中頃、Lambda Chi Alpha友愛会メンバーの父がチアリーダーのキャンプを行ない、その父親は、Saltine Warrior の衣装を息子のためにあつらえ、フットボールの試合応援のために着せました(これが、Saltine Warrior の衣装がアスレチックチームの応援に使われるようになった始まりです)。
ですが、1978年になって、ネイティブアメリカン(インディアン)学生団体のメンバーらが、Saltine Warrior をアスレチック・マスコットとして使うことに対しての抗議を起こします。
「Saltine Warrior の衣装を着た人物が、狂ったように走り回るパフォーマンスが軽蔑的である」と述べた、1958年の卒業生でラクロスのスターだった Onondagan の酋長、Oren Lyons の言葉通り、Saltine Warrior の扱いが問題となって、抗議が起こった同年内には、Saltine Warrior をマスコットから外し、新しいマスコットの模索が始まりました。
1978年に一時、ローマ時代の拳闘士のスタイルが起用されましたが、このマスコットが最初に登場したフロリダ州立大学とのフットボールの試合で 28-0の大敗をし、すぐに使われなくなりました。
その後も数年にわたって、Egnaro の怪物、スーパーマンのような人物、オレンジ色のタキシードをきた男性といった、色々なマスコットが引き続き提案・起用されましたが、いずれも定着しませんでした。
1984年までに、このマスコット不在の問題が広く知れ渡り、更に様々なものが寄せられます。
ドームレンジャー
(オレンジカウボーイの服装に、青いマスクをした保険外交員)
ドッムエディ
(エルトンジョンのメガネと、光り輝くカツラを身に付け、オレンジのスウェットを着た人の形をしたブヨ)
Beast from the East
(蛍光色の緑色をした怪物)
オレンジ
(2本の足が生え、ハチがたかっている酔っ払ったオレンジ)
家庭菜園のニンジンやかぼちゃ
矢がたくさん刺さった巡礼者
オレンジ色のスカーフをしたペンギン
オランウータン
この頃にはすでに、オレンジ色の何かを身につけた●●、柑橘類のオレンジがマスコットの候補に登場し、学生達が『オレンジ(色)』にこだわっているのが窺われます。
特に当時から、柑橘類のオレンジには固有の名前がつけられており、
最初に作られたオレンジには『クライド』
2番目に作られた物には『ウッディー』
と名づけられ、1990年に作られたオレンジに、『 Opie 』か『 Otto(オットー)』の名前を名づけることになります。が、Opie は「麻薬にかかった」を意味する dopey という言葉を連想させるため、最終的に現在のオットー(Otto)になり、これが定着しました。
1995年、ショウ学長はアスレティックチームの応援ためのマスコットを決めるよう、計18名の学生・職員・スタッフからなる委員会に要請します。
その年の秋、狼・ライオン・オレンジにまで候補を絞り込んで、委員会は狼を推奨しますが、学長に対して「オレンジを公式マスコットとして保持してほしい」という陳情が学生達からなされ、同年12月、ショウ学長による宣言により、オットー・オレンジは大学の公式マスコットとなりました(後の1997年の5月にも、在校生・卒業生・教授・スタッフらは、オットーを公式のオリジナルとして認めるかについて選挙した、とあります)。
こうして近年まで、その存在がおぼつかなかったシラキュース大のマスコットは、こうした複雑な事情と経緯をたどって、現在に至っています。
レプリソーム旅行記 Vol.16 シラキュース大学 より転載
同紙は、『1928年に新しい女性のジムを建設する際、16世紀終わり頃の偉大な酋長、The Saltine Warrior ビル・オレンジの遺体が発掘において見つかった』と、大学の敷地からビル・オレンジ酋長の遺体発見とデマを報じてしまいます。
ですがこれがきっかけとなって、1951年には、遺体が発見されたとされる場所に彫像を設置することになり、学生達がその彫像を競って作るなど、シラキュース大学と、Saltine Warrior のつながりの始まりでした。
1950年代の中頃、Lambda Chi Alpha友愛会メンバーの父がチアリーダーのキャンプを行ない、その父親は、Saltine Warrior の衣装を息子のためにあつらえ、フットボールの試合応援のために着せました(これが、Saltine Warrior の衣装がアスレチックチームの応援に使われるようになった始まりです)。
ですが、1978年になって、ネイティブアメリカン(インディアン)学生団体のメンバーらが、Saltine Warrior をアスレチック・マスコットとして使うことに対しての抗議を起こします。
「Saltine Warrior の衣装を着た人物が、狂ったように走り回るパフォーマンスが軽蔑的である」と述べた、1958年の卒業生でラクロスのスターだった Onondagan の酋長、Oren Lyons の言葉通り、Saltine Warrior の扱いが問題となって、抗議が起こった同年内には、Saltine Warrior をマスコットから外し、新しいマスコットの模索が始まりました。
1978年に一時、ローマ時代の拳闘士のスタイルが起用されましたが、このマスコットが最初に登場したフロリダ州立大学とのフットボールの試合で 28-0の大敗をし、すぐに使われなくなりました。
その後も数年にわたって、Egnaro の怪物、スーパーマンのような人物、オレンジ色のタキシードをきた男性といった、色々なマスコットが引き続き提案・起用されましたが、いずれも定着しませんでした。
1984年までに、このマスコット不在の問題が広く知れ渡り、更に様々なものが寄せられます。
ドームレンジャー
(オレンジカウボーイの服装に、青いマスクをした保険外交員)
ドッムエディ
(エルトンジョンのメガネと、光り輝くカツラを身に付け、オレンジのスウェットを着た人の形をしたブヨ)
Beast from the East
(蛍光色の緑色をした怪物)
オレンジ
(2本の足が生え、ハチがたかっている酔っ払ったオレンジ)
家庭菜園のニンジンやかぼちゃ
矢がたくさん刺さった巡礼者
オレンジ色のスカーフをしたペンギン
オランウータン
この頃にはすでに、オレンジ色の何かを身につけた●●、柑橘類のオレンジがマスコットの候補に登場し、学生達が『オレンジ(色)』にこだわっているのが窺われます。
特に当時から、柑橘類のオレンジには固有の名前がつけられており、
最初に作られたオレンジには『クライド』
2番目に作られた物には『ウッディー』
と名づけられ、1990年に作られたオレンジに、『 Opie 』か『 Otto(オットー)』の名前を名づけることになります。が、Opie は「麻薬にかかった」を意味する dopey という言葉を連想させるため、最終的に現在のオットー(Otto)になり、これが定着しました。
1995年、ショウ学長はアスレティックチームの応援ためのマスコットを決めるよう、計18名の学生・職員・スタッフからなる委員会に要請します。
その年の秋、狼・ライオン・オレンジにまで候補を絞り込んで、委員会は狼を推奨しますが、学長に対して「オレンジを公式マスコットとして保持してほしい」という陳情が学生達からなされ、同年12月、ショウ学長による宣言により、オットー・オレンジは大学の公式マスコットとなりました(後の1997年の5月にも、在校生・卒業生・教授・スタッフらは、オットーを公式のオリジナルとして認めるかについて選挙した、とあります)。
こうして近年まで、その存在がおぼつかなかったシラキュース大のマスコットは、こうした複雑な事情と経緯をたどって、現在に至っています。
レプリソーム旅行記 Vol.16 シラキュース大学 より転載
時折、mixi やチームメイトからNBAのことを尋ねられることから、「代表のひとり言」というタイトルで、個人的な意見や買い付け時の些末なことを、時間がある時に書いていこうと思います。
「・・・だから、レプリソームでの販売はどうなる・こうなる」ということではありませんので、何卒、ご了承を。
今季もケガで波乱のあったプレイオフ。
新天地で活気が出てきたネッツ、ナゲッツのまさかの敗退とウォリアーズの台頭、優勝候補のサンダーの脱落、シーズン中強かったニックス。
ここ数年、結果うんぬんよりも、主力がケガで途中棄権してしまい、全力のチーム同士がぶつかった結果ではないのが、ちょっと残念です。
● スパーズ × グリズリーズ
老獪なスパーズと若きグリズリーズ。
4Q終盤まで競って、スタミナ戦に持ち込むとグリズリーズが有利に思えますが、相手がこれまで修羅場を切り抜けた経験と多様な戦術のあるスパーズだけに、HCの采配や判断など、細かなことが状況を左右しそうです。
質的に異なるものの、それだけ量的には伯仲した2チームだと思います。
あと、グリズリーズで不安なのは、大舞台の経験と攻撃パターンが、スパーズに比べ、少ないことでしょうか。
● ヒート × ペイサーズ
概して、スター軍団 vs. 5人チーム、といったところでしょうか。
昨季、再びファイナルを経験して、ひとつ上のレベルまで伸びた、レブロン・ジェイムス選手。
ペイサーズにしてみれば、ポストで最もボールを持たれたくない選手だと思います。逆に他の選手なら、ポストで持たれても、正直そんなに怖くないとも思います。
99年ファイナルで、提督ロビンソン選手に持たれても2点失うだけで済みましたが、ダンカン選手にボールを持たれると、自身が得点してくるのか、パスで他の選手が得点するのか、などディフェンスは後手に回らざるを得ず、その後の戦況に影響してくる、ということがありました。
今のレブロン選手は、当時のダンカン選手に匹敵すると評していいと思います。
ペイサーズとしては、そこをどう守るのか、アドバンテージであるセンターのヒバート選手をどう使うのか、などが見所かも知れません。
「・・・だから、レプリソームでの販売はどうなる・こうなる」ということではありませんので、何卒、ご了承を。
今季もケガで波乱のあったプレイオフ。
新天地で活気が出てきたネッツ、ナゲッツのまさかの敗退とウォリアーズの台頭、優勝候補のサンダーの脱落、シーズン中強かったニックス。
ここ数年、結果うんぬんよりも、主力がケガで途中棄権してしまい、全力のチーム同士がぶつかった結果ではないのが、ちょっと残念です。
● スパーズ × グリズリーズ
老獪なスパーズと若きグリズリーズ。
4Q終盤まで競って、スタミナ戦に持ち込むとグリズリーズが有利に思えますが、相手がこれまで修羅場を切り抜けた経験と多様な戦術のあるスパーズだけに、HCの采配や判断など、細かなことが状況を左右しそうです。
質的に異なるものの、それだけ量的には伯仲した2チームだと思います。
あと、グリズリーズで不安なのは、大舞台の経験と攻撃パターンが、スパーズに比べ、少ないことでしょうか。
● ヒート × ペイサーズ
概して、スター軍団 vs. 5人チーム、といったところでしょうか。
昨季、再びファイナルを経験して、ひとつ上のレベルまで伸びた、レブロン・ジェイムス選手。
ペイサーズにしてみれば、ポストで最もボールを持たれたくない選手だと思います。逆に他の選手なら、ポストで持たれても、正直そんなに怖くないとも思います。
99年ファイナルで、提督ロビンソン選手に持たれても2点失うだけで済みましたが、ダンカン選手にボールを持たれると、自身が得点してくるのか、パスで他の選手が得点するのか、などディフェンスは後手に回らざるを得ず、その後の戦況に影響してくる、ということがありました。
今のレブロン選手は、当時のダンカン選手に匹敵すると評していいと思います。
ペイサーズとしては、そこをどう守るのか、アドバンテージであるセンターのヒバート選手をどう使うのか、などが見所かも知れません。
前回に引き続き、シラキュース大の話題を。
今回入荷したキャップは、チームカラー&ロゴマークのみのオーソドックスな物のほかに、刺繍が大きく施されたコッテリ系のデザインにこだわりました。
特にそれを意識したわけではありませんが、どのキャップにも、ある物が刺繍されています。
下の画像をご覧下さい。
この手足が生えたオレンジ色の●は、かんきつ類のオレンジをモデルにした、シラキュース大オレンジのマスコット、名前をオットー(英名:Otto the orange)と言います。
見た目からは、なかなか良い性格をしていそうな印象です。
実は、このオットーには、もう1つの顔があり、グッズでは、しばしばお子様向けの商品で見られます。また、シラキュース大のアリーナでは、こちらの柔らかい表情のオットーが普通のようです。
こうした、同じマスコットに複数の種類があるのは、珍しいかも知れません※。
良い性格をしていそうなオットー、柔らかい表情のオットー、いずれにしてもかんきつ類のオレンジですが、シラキュース大の所在地から考えてちょっと不思議に思いませんか?(下地図)。
旅行記では詳しくご紹介していますが、シラキュースはNY州の西のはずれ、湖をはさんで向かいはカナダのトロント、つまりアメリカのかなり北部になり、とてもかんきつ類が育つような温暖な環境には思えません。
なのに、なぜオレンジ?。
つづきます。
※NCAAでは、大学名のイニシャルだけ、またはそれとマスコットのロゴ1つずつ、もしくは加えてホーネッツのように、亜系の物(Alternate)があるのが通例のようです。
ノースカロライナ大ターヒールズのように、マスコットになった経緯が、それそれ異なる場合は複数ロゴを持つようです。
今回入荷したキャップは、チームカラー&ロゴマークのみのオーソドックスな物のほかに、刺繍が大きく施されたコッテリ系のデザインにこだわりました。
特にそれを意識したわけではありませんが、どのキャップにも、ある物が刺繍されています。
下の画像をご覧下さい。
この手足が生えたオレンジ色の●は、かんきつ類のオレンジをモデルにした、シラキュース大オレンジのマスコット、名前をオットー(英名:Otto the orange)と言います。
見た目からは、なかなか良い性格をしていそうな印象です。
実は、このオットーには、もう1つの顔があり、グッズでは、しばしばお子様向けの商品で見られます。また、シラキュース大のアリーナでは、こちらの柔らかい表情のオットーが普通のようです。
こうした、同じマスコットに複数の種類があるのは、珍しいかも知れません※。
良い性格をしていそうなオットー、柔らかい表情のオットー、いずれにしてもかんきつ類のオレンジですが、シラキュース大の所在地から考えてちょっと不思議に思いませんか?(下地図)。
旅行記では詳しくご紹介していますが、シラキュースはNY州の西のはずれ、湖をはさんで向かいはカナダのトロント、つまりアメリカのかなり北部になり、とてもかんきつ類が育つような温暖な環境には思えません。
なのに、なぜオレンジ?。
つづきます。
※NCAAでは、大学名のイニシャルだけ、またはそれとマスコットのロゴ1つずつ、もしくは加えてホーネッツのように、亜系の物(Alternate)があるのが通例のようです。
ノースカロライナ大ターヒールズのように、マスコットになった経緯が、それそれ異なる場合は複数ロゴを持つようです。
今季限りで、ニューオリンズ・ホーネッツという名がなくなり、2013-14シーズンから、ニューオリンズ・ペリカンズが誕生しました(現在の nba.com では、すでにペリカンズに変更)。
そして先述の通り、
ボブキャッツ→来季からホーネッツに?
キングス →シアトルへ移転してソニックスに?
という話が出ていましたが、5月1日現在でキングスの件はなくなったとのこと。
仮に、ボブキャッツの件が成立した場合、NBA史上、同じ名前の異なる2チームがに登場することになります(これも先述の、ブレッツとセルティクスの通りです)。
ここ20年、こうしたことはなく初めての経験ですが、さしあたってグッズへの影響に思い当たります。
もし、新チームが旧チームのロゴを使ったり、似通ったデザインのロゴを採用すると、下の画像のようなことが起こります。
ここでは、ホーネッツのロゴマークが入ったマグカップを例にしますが、どちらがグランマことラリー・ジョンソン選手やバロン・デイビス選手のホーネッツの物で、どちらが元々ボブキャッツだった新チームのものか混乱することになります。
マグカップ自体、20年前のもの・10年前のもの・現行もの、という違いもあります。
これは、かなりの極論ですが、グッズでは旧ホーネッツ(ペリカンズ)と新ホーネッツ(現ボブキャッツ)の区別がつきづらいことが、おわかりいただけるかと思います。
もちろん、ロゴやマスコットのデザインを画期的に変更すれば回避できる問題ですが、今の我々が、上述のブレッツとセルティクスに
「クリス・ウェバーがいたあのブレッツとちがうの?」
「今のセルティクスとちがうの?」
と、抱いた気持ちのように、10年・20年先、旧ホーネッツのロゴを見たファンが、似たような気持ちになったり、
この歴史的事象を知らないと、「微妙にロゴのデザインが違う・・・ニセモノ?」という気持ちまで、抱いてしまうかも知れません。
そして、ラリー・ジョンソン選手らがいた頃や、グレン・ライス選手らが在籍していた頃のホーネッツと、将来、新ホーネッツになるかも知れない現ボブキャッツの強さ・戦績を比較すると、後者がどうしても見劣りしてしまいます。
つまり、同じ場所で同じチーム名を掲げていても、新・旧のチームを同じに見なすのは難しいことになります。
しばしばワインの世界では、同じ銘柄(ロマネコンティ、モンラッシェ等々)でも、ブドウの豊作年のワインと凶作年のワインとでは価値が異なったり、
落語の世界では「●代目▲▲師匠」の●代目によって、名人だったり、襲名してもそうでなかったり、ということがありますが、新ホーネッツと新ソニックスが誕生して、グッズが作られた時、その価値に差ができるかも知れません。
そして先述の通り、
ボブキャッツ→来季からホーネッツに?
キングス →シアトルへ移転してソニックスに?
という話が出ていましたが、5月1日現在でキングスの件はなくなったとのこと。
仮に、ボブキャッツの件が成立した場合、NBA史上、同じ名前の異なる2チームがに登場することになります(これも先述の、ブレッツとセルティクスの通りです)。
ここ20年、こうしたことはなく初めての経験ですが、さしあたってグッズへの影響に思い当たります。
もし、新チームが旧チームのロゴを使ったり、似通ったデザインのロゴを採用すると、下の画像のようなことが起こります。
ここでは、ホーネッツのロゴマークが入ったマグカップを例にしますが、どちらがグランマことラリー・ジョンソン選手やバロン・デイビス選手のホーネッツの物で、どちらが元々ボブキャッツだった新チームのものか混乱することになります。
マグカップ自体、20年前のもの・10年前のもの・現行もの、という違いもあります。
これは、かなりの極論ですが、グッズでは旧ホーネッツ(ペリカンズ)と新ホーネッツ(現ボブキャッツ)の区別がつきづらいことが、おわかりいただけるかと思います。
もちろん、ロゴやマスコットのデザインを画期的に変更すれば回避できる問題ですが、今の我々が、上述のブレッツとセルティクスに
「クリス・ウェバーがいたあのブレッツとちがうの?」
「今のセルティクスとちがうの?」
と、抱いた気持ちのように、10年・20年先、旧ホーネッツのロゴを見たファンが、似たような気持ちになったり、
この歴史的事象を知らないと、「微妙にロゴのデザインが違う・・・ニセモノ?」という気持ちまで、抱いてしまうかも知れません。
そして、ラリー・ジョンソン選手らがいた頃や、グレン・ライス選手らが在籍していた頃のホーネッツと、将来、新ホーネッツになるかも知れない現ボブキャッツの強さ・戦績を比較すると、後者がどうしても見劣りしてしまいます。
つまり、同じ場所で同じチーム名を掲げていても、新・旧のチームを同じに見なすのは難しいことになります。
しばしばワインの世界では、同じ銘柄(ロマネコンティ、モンラッシェ等々)でも、ブドウの豊作年のワインと凶作年のワインとでは価値が異なったり、
落語の世界では「●代目▲▲師匠」の●代目によって、名人だったり、襲名してもそうでなかったり、ということがありますが、新ホーネッツと新ソニックスが誕生して、グッズが作られた時、その価値に差ができるかも知れません。
今季、Final 4 まで勝ち進んだシラキュース大学。
そのシラキュース大学の商品が入荷してきました。
これから、温かくなっていくのに定番のTシャツ、日差しが強くなっていくのに定番のキャップなどです。
その中でも、ここではプラクティスショーツをご紹介。
NBAでも、NCAAでも選手と同じデザインのショーツが人気ですが、高価でなかなか手が出ないということがあるかと思います。
今回入荷してきたこのショーツは、ポリエステル生地にパッチワーク製。
このタイプのショーツの特筆すべき点は、実用性です。
下の画像の通り、前方・左右にポケットがあります。
5対5のゲームなどをしていると、
「審判のフエをわたされたけど、どこに置いておこう?」
「飲み物を買うための小銭を入れておく場所がほしい」
「ゲーム中に腕が疲れてきたら、リストバンドをつけたい」
ということはあるかと思います。
NBA、NCAAの多くのレプリカ商品、普通のバスケットボールショーツにはポケットがなく、こうした時に困りませんか?。
特に、上のホワイトの商品は、NIKE 、 Reebok 、adidas前半 とスウィングマンジャージ、ショーツを購入されてきた方には、懐かしい造りで、あの若干のザラザラ感、やや大きめのメッシュのある生地で、当時のスウィングマンショーツと同じ造りです。
いずれの商品も、価格は、当時のスウィングマンショーツのおよそ半額です。
自分なりのお洒落をして練習へ参加したい、でも、練習で高いショーツを履くのは・・・実用性が・・・という方におすすめです。
そのシラキュース大学の商品が入荷してきました。
これから、温かくなっていくのに定番のTシャツ、日差しが強くなっていくのに定番のキャップなどです。
その中でも、ここではプラクティスショーツをご紹介。
NBAでも、NCAAでも選手と同じデザインのショーツが人気ですが、高価でなかなか手が出ないということがあるかと思います。
今回入荷してきたこのショーツは、ポリエステル生地にパッチワーク製。
このタイプのショーツの特筆すべき点は、実用性です。
下の画像の通り、前方・左右にポケットがあります。
5対5のゲームなどをしていると、
「審判のフエをわたされたけど、どこに置いておこう?」
「飲み物を買うための小銭を入れておく場所がほしい」
「ゲーム中に腕が疲れてきたら、リストバンドをつけたい」
ということはあるかと思います。
NBA、NCAAの多くのレプリカ商品、普通のバスケットボールショーツにはポケットがなく、こうした時に困りませんか?。
特に、上のホワイトの商品は、NIKE 、 Reebok 、adidas前半 とスウィングマンジャージ、ショーツを購入されてきた方には、懐かしい造りで、あの若干のザラザラ感、やや大きめのメッシュのある生地で、当時のスウィングマンショーツと同じ造りです。
いずれの商品も、価格は、当時のスウィングマンショーツのおよそ半額です。
自分なりのお洒落をして練習へ参加したい、でも、練習で高いショーツを履くのは・・・実用性が・・・という方におすすめです。
UCLAとケンタッキー大学の商品を掲載しました。
現在、NCAAはエリート8が出揃うところまで進みましたが、今回入荷した中で注目なのは、昨年の優勝大学ケンタッキー大学の記念Tシャツです。
NBAでも優勝すると記念Tシャツとして、チームメンバーや監督全員がコミック調で描かれた、パレードTシャツが販売されますが、これは時季を過ぎると生産されなくなり、レアジャージのようにデッドストックのみの販売となることが、ほとんどです。
今回のケンタッキー大学の優勝記念Tシャツも、NBAほどシビアではないにしても、同様のパターンになりますので、お買い求めはお早めに。
そのケンタッキー大学ですが、NCAAでは昨年で8回も優勝している歴史ある強豪校です。
昨今、ジョン・ウォール選手やレイジョン・ロンド選手、アンソニー・デイビス選手といった、若き出身プレーヤーが活躍し、この大学の名前が日本のNBAファンの間にも知れ渡りつつありますが、これまでのNBAからの接点からすると、強豪校の割りにあまり耳覚えのない大学であることがしばしば。
近年、NBAで一番有名なスター選手といえば、アントワン・ウォーカー選手とティショーン・プリンス選手、ジョーダン世代のファンの中で有名なのは、ジョーダン選手よりも先に84年2位で指名された、サム・ブウィー選手かも知れません。
【おもなケンタッキー大学出身の選手:敬称略】
アンソニー・デイビス
マイケル・ギルクイスト
ジョン・ウォール
デマーカス・カズンズ
レイジョン・ロンド
ティショーン・プリンス
ジャマール・マグロワ
スコット・パジェット
ナジー・モハメド
ロン・マーサー
デレック・アンダーソン
アントワン・ウォーカー
トニー・デレク
ジャマール・マッシュバーン
レックス・チャップマン
パット・ライリー
フランク・ラムジー
NBAでそのチームのエースが、ノースカロライナ大学やDUKE大学、アリゾナ大学の選手になりがちなのに対し、ケンタッキー大学出身の選手は歴史的に見て、どちらかというと、NBAでは縁の下の力持ちのような存在になりがちなようです。
【おもなUCLA出身の選手:敬称略】
ジュルー・ホリデイ
ラッセル・ウェストブルック
ケビン・ラブ
ジョーダン・ファーマー
トレバー・アリーザ
ジェイソン・カポーノ
マット・バーンズ
バロン・デイビス
チャールズ・オバノン
エド・オバノン
トレイシー・マレー
レジー・ミラー
マーク・イートン
キキ・ヴァンダウェイ
ビル・ウォルトン
ジャマール・ウィルクス
カリーム・アブドゥル=ジャバー
ゲイル・グッドリッチ
対してUCLA出身の選手は、NBAでエース・チームの大黒柱になり得る選手から、いぶし銀のような選手まで幅広く、アリゾナ大学やイリノイ大学が有名なガード選手を輩出するのに対し、UCLAはどのポジションでも、優秀な選手を輩出しています。
NBAからの切り口で、各大学の個性・特色がすこし垣間見えた気がしませんか。
現在、NCAAはエリート8が出揃うところまで進みましたが、今回入荷した中で注目なのは、昨年の優勝大学ケンタッキー大学の記念Tシャツです。
NBAでも優勝すると記念Tシャツとして、チームメンバーや監督全員がコミック調で描かれた、パレードTシャツが販売されますが、これは時季を過ぎると生産されなくなり、レアジャージのようにデッドストックのみの販売となることが、ほとんどです。
今回のケンタッキー大学の優勝記念Tシャツも、NBAほどシビアではないにしても、同様のパターンになりますので、お買い求めはお早めに。
そのケンタッキー大学ですが、NCAAでは昨年で8回も優勝している歴史ある強豪校です。
昨今、ジョン・ウォール選手やレイジョン・ロンド選手、アンソニー・デイビス選手といった、若き出身プレーヤーが活躍し、この大学の名前が日本のNBAファンの間にも知れ渡りつつありますが、これまでのNBAからの接点からすると、強豪校の割りにあまり耳覚えのない大学であることがしばしば。
近年、NBAで一番有名なスター選手といえば、アントワン・ウォーカー選手とティショーン・プリンス選手、ジョーダン世代のファンの中で有名なのは、ジョーダン選手よりも先に84年2位で指名された、サム・ブウィー選手かも知れません。
【おもなケンタッキー大学出身の選手:敬称略】
アンソニー・デイビス
マイケル・ギルクイスト
ジョン・ウォール
デマーカス・カズンズ
レイジョン・ロンド
ティショーン・プリンス
ジャマール・マグロワ
スコット・パジェット
ナジー・モハメド
ロン・マーサー
デレック・アンダーソン
アントワン・ウォーカー
トニー・デレク
ジャマール・マッシュバーン
レックス・チャップマン
パット・ライリー
フランク・ラムジー
NBAでそのチームのエースが、ノースカロライナ大学やDUKE大学、アリゾナ大学の選手になりがちなのに対し、ケンタッキー大学出身の選手は歴史的に見て、どちらかというと、NBAでは縁の下の力持ちのような存在になりがちなようです。
【おもなUCLA出身の選手:敬称略】
ジュルー・ホリデイ
ラッセル・ウェストブルック
ケビン・ラブ
ジョーダン・ファーマー
トレバー・アリーザ
ジェイソン・カポーノ
マット・バーンズ
バロン・デイビス
チャールズ・オバノン
エド・オバノン
トレイシー・マレー
レジー・ミラー
マーク・イートン
キキ・ヴァンダウェイ
ビル・ウォルトン
ジャマール・ウィルクス
カリーム・アブドゥル=ジャバー
ゲイル・グッドリッチ
対してUCLA出身の選手は、NBAでエース・チームの大黒柱になり得る選手から、いぶし銀のような選手まで幅広く、アリゾナ大学やイリノイ大学が有名なガード選手を輩出するのに対し、UCLAはどのポジションでも、優秀な選手を輩出しています。
NBAからの切り口で、各大学の個性・特色がすこし垣間見えた気がしませんか。
東日本大震災の発生以来、2年が経ちますが、一昨日、3月11日に義援金送金のお知らせを更新し、岩手県への送金をご報告とさせていただきました。
当時、当サイトも被災し、13時間に及ぶ停電により、信号の機能していない街を車で行きかう、暖房・照明設備や通信網の遮断、流通経路の遮断、後に起こるガソリンや食料品の品薄、慢性的なマンパワー不足など、災害時に起こりうる一通りの経験をしました。
しかしながら、その被害の多くは物質的・物理的な問題ばかりで、物質的被害に2ヶ月、その他復旧に1年ほどかかりましたが、それはあくまで一過性のことでした。
あれから2年と言いながら、今もなお避難生活を送られている方、復興作業に追われる方のことを思うと、察するに余るものがあります。
改めて、心よりお見舞い申し上げます。
被災された方々へ本当に募金が届いているのか・役に立っているのか、どこへ送金するのが確実なのか、被災された地域や提供できる物のミスマッチ、当サイトの力不足、支援し続けることの難しさなど、様々な課題・問題がありました。
現在は、各県の専門受付窓口が終了していることから、一旦、募金受付を締め切らせていただいておりますが、今後も、労働力の提供など、できることを模索して取り組んでいきたいと考えております。
また、文末になりましたが、当サイトの募金にご協力賜りましたお客様に、深く感謝いたします。
当時、当サイトも被災し、13時間に及ぶ停電により、信号の機能していない街を車で行きかう、暖房・照明設備や通信網の遮断、流通経路の遮断、後に起こるガソリンや食料品の品薄、慢性的なマンパワー不足など、災害時に起こりうる一通りの経験をしました。
しかしながら、その被害の多くは物質的・物理的な問題ばかりで、物質的被害に2ヶ月、その他復旧に1年ほどかかりましたが、それはあくまで一過性のことでした。
あれから2年と言いながら、今もなお避難生活を送られている方、復興作業に追われる方のことを思うと、察するに余るものがあります。
改めて、心よりお見舞い申し上げます。
被災された方々へ本当に募金が届いているのか・役に立っているのか、どこへ送金するのが確実なのか、被災された地域や提供できる物のミスマッチ、当サイトの力不足、支援し続けることの難しさなど、様々な課題・問題がありました。
現在は、各県の専門受付窓口が終了していることから、一旦、募金受付を締め切らせていただいておりますが、今後も、労働力の提供など、できることを模索して取り組んでいきたいと考えております。
また、文末になりましたが、当サイトの募金にご協力賜りましたお客様に、深く感謝いたします。
リバースときくと、ドク・リバース親子、カードゲームのUNOでもお馴染み「Reverse」を思い出すかも知れませんが、ここでは「Rebirth(復活・再生)」のリバースで。
ニューオリンズ・ホーネッツが、来季2013-14シーズンよりニューオリンズ・ペリカンズになることは、以前の記事の通りです。それを受け、現シャーロット・ボブキャッツがシャーロット・ホーネッツに名前を戻そうか、という話が持ち上がりました。
シャーロット・ホーネッツは、もともとイギリス将軍チャールズ・コーウォーリスが、英国王にあてた報告書にて、ノースカロライナ州を「ここで戦うのは、スズメバチの巣で戦うようなものだ」と表現したことに由来していますが、地元に馴染んだ名前、地元の人が愛着を持てる名前に戻すのは、歴史的にも文化的にも良い事だと思います。
特に、シャーロットでのファン離れの原因とも言われた、主力選手の大幅な入れ替え(今のNBAでは半ば当たり前になりつつありますが)の影響のせいか、当時の主力選手が現役ではもうほとんどおらず、現ホーネッツにもいないせいか、ホーネッツに戻すことに異論や違和感はないようです。
一方で、現キングスがシアトルへ移転し、シアトル・スーパーソニックスに名前を変えようか、という話も持ち上がっています。ちなみに、ソニックスはシアトルにあるボーイング社の超音速飛行(Supersonic)する飛行機開発に由来しています。
これも、ソニックスファンやOBには朗報だと思うのですが、ゲイリー・ペイトン選手らが所属した元ソニックスは現サンダーで、ケビン・デュラント選手にいたっては、ソニックスのジャージにも袖を通していました。
デュラント選手のように、かつてソニックスに所属した選手にとっては、よそのチームが自分達のチームの看板を改めて掲げる、ということになります。
人間の血筋・血統とは違うお話ではありますが、その復活・再生を素直に喜べるものなのか、その心中はいかに。
実は、過去にも同じ名前で、全くの別チームという前例があります。
ワシントン・ブレッツと、オリジナル・セルティクスと呼ばれるセルティクスです。
ワシントン・ブレッツは、クリス・ウェバー選手らが在籍していた現ウィザーズの前身でもありますが、その前にもワシントン・ブレッツという全く別物のチームがありました。
また、オリジナル・セルティクスはNYを拠点にしていたABLのチームです。
すでに2チームとも存在していませんが、チームの誕生と消失、移転や改名などによる生まれ変わりなど、時代のなせる業、その過渡期ならではなのかも知れません。
ニューオリンズ・ホーネッツが、来季2013-14シーズンよりニューオリンズ・ペリカンズになることは、以前の記事の通りです。それを受け、現シャーロット・ボブキャッツがシャーロット・ホーネッツに名前を戻そうか、という話が持ち上がりました。
シャーロット・ホーネッツは、もともとイギリス将軍チャールズ・コーウォーリスが、英国王にあてた報告書にて、ノースカロライナ州を「ここで戦うのは、スズメバチの巣で戦うようなものだ」と表現したことに由来していますが、地元に馴染んだ名前、地元の人が愛着を持てる名前に戻すのは、歴史的にも文化的にも良い事だと思います。
特に、シャーロットでのファン離れの原因とも言われた、主力選手の大幅な入れ替え(今のNBAでは半ば当たり前になりつつありますが)の影響のせいか、当時の主力選手が現役ではもうほとんどおらず、現ホーネッツにもいないせいか、ホーネッツに戻すことに異論や違和感はないようです。
一方で、現キングスがシアトルへ移転し、シアトル・スーパーソニックスに名前を変えようか、という話も持ち上がっています。ちなみに、ソニックスはシアトルにあるボーイング社の超音速飛行(Supersonic)する飛行機開発に由来しています。
これも、ソニックスファンやOBには朗報だと思うのですが、ゲイリー・ペイトン選手らが所属した元ソニックスは現サンダーで、ケビン・デュラント選手にいたっては、ソニックスのジャージにも袖を通していました。
デュラント選手のように、かつてソニックスに所属した選手にとっては、よそのチームが自分達のチームの看板を改めて掲げる、ということになります。
人間の血筋・血統とは違うお話ではありますが、その復活・再生を素直に喜べるものなのか、その心中はいかに。
実は、過去にも同じ名前で、全くの別チームという前例があります。
ワシントン・ブレッツと、オリジナル・セルティクスと呼ばれるセルティクスです。
ワシントン・ブレッツは、クリス・ウェバー選手らが在籍していた現ウィザーズの前身でもありますが、その前にもワシントン・ブレッツという全く別物のチームがありました。
また、オリジナル・セルティクスはNYを拠点にしていたABLのチームです。
すでに2チームとも存在していませんが、チームの誕生と消失、移転や改名などによる生まれ変わりなど、時代のなせる業、その過渡期ならではなのかも知れません。
ミシガン州立大学グッズに関しては、1つ前とこちらの通りです。
ミシガン州立大学には、マジック・ジョンソンのファンとして、憧れをずっと持っていましたが、同時に苦い思い出があります。
買い付け出張の際に恒例となっている旅行記。
この大学を訪れた時にはデジカメが正常に働かず、各種のメモラビリアやアリーナ内部など、色々と撮影したあとに
「フォーマットしますか(初期化して全てデータを消去)?」
とメッセージが表示され、フォーマットはしなかったものの、データは救い出すことができませんでした。
まだ、使い捨てカメラとデジカメとが、その市場で拮抗していた頃の話で、当時はまだ現在ほどデータ復旧技術が進んでいませんでした。
その時は、上の地図画像のように、インディアナポリスを出発点に、シカゴ・ミシガン大学・ミシガン州立大学・デトロイト・クリーブランドを車で回ったのですが、当時はレジー・ミラー選手最後のシーズン、ハインリック選手とゴードン選手とで再起を図りつつあったブルズ、ピストンズの全盛期、レブロン選手の台頭もあったので、このようなコースがお仕事的にも可能でした。
しかし現在となっては、これはもう、ほぼ不可能なコースで、カイリー・アービング選手やデリック・ローズ選手が、かつてのアイバーソン選手のような爆発的活躍を期待するばかりです。
UCLAを訪れた際は、乗り継ぎ便の待ち時間が10時間あったので、LAの空港から抜け出して訪問したことがあります。
最近使い始めたデルタ航空は、中部地区はデトロイト空港がメインのようで、UCLAと同じことを・・・とも考えるのですが、悪いことにミシガン州立大学は、ミシガン州の西の果て、空港からは 100km 以上離れた北のランシングにあり、10時間程度ではかなりリスキーです。
こういった事情から、再度アタックする機会に恵まれません。
事をなすには地の利・天の時・人の和、と言いますが、なかなかに難しいようです。
ミシガン州立大学には、マジック・ジョンソンのファンとして、憧れをずっと持っていましたが、同時に苦い思い出があります。
買い付け出張の際に恒例となっている旅行記。
この大学を訪れた時にはデジカメが正常に働かず、各種のメモラビリアやアリーナ内部など、色々と撮影したあとに
「フォーマットしますか(初期化して全てデータを消去)?」
とメッセージが表示され、フォーマットはしなかったものの、データは救い出すことができませんでした。
まだ、使い捨てカメラとデジカメとが、その市場で拮抗していた頃の話で、当時はまだ現在ほどデータ復旧技術が進んでいませんでした。
その時は、上の地図画像のように、インディアナポリスを出発点に、シカゴ・ミシガン大学・ミシガン州立大学・デトロイト・クリーブランドを車で回ったのですが、当時はレジー・ミラー選手最後のシーズン、ハインリック選手とゴードン選手とで再起を図りつつあったブルズ、ピストンズの全盛期、レブロン選手の台頭もあったので、このようなコースがお仕事的にも可能でした。
しかし現在となっては、これはもう、ほぼ不可能なコースで、カイリー・アービング選手やデリック・ローズ選手が、かつてのアイバーソン選手のような爆発的活躍を期待するばかりです。
UCLAを訪れた際は、乗り継ぎ便の待ち時間が10時間あったので、LAの空港から抜け出して訪問したことがあります。
最近使い始めたデルタ航空は、中部地区はデトロイト空港がメインのようで、UCLAと同じことを・・・とも考えるのですが、悪いことにミシガン州立大学は、ミシガン州の西の果て、空港からは 100km 以上離れた北のランシングにあり、10時間程度ではかなりリスキーです。
こういった事情から、再度アタックする機会に恵まれません。
事をなすには地の利・天の時・人の和、と言いますが、なかなかに難しいようです。











